【2分小説】つまみ小説2
湾野
影踏み鬼の罰
夏は稼ぎ時だ。13連勤に嫌がる相棒をむりやり抱えて、あたしは今日の依頼人の家に向かった。「夏休みですっかり生活リズムが狂っちゃって」と困ったように頰に手をあてるお母さんは、心なしかすこしバテて見える。「寝ない子コース、お願いできますか?」
ベッドのなかで分厚い本にかぶりつく、利発そうな息子さんだった。透視術は苦手なので、どんな本かまでは分からないけど、まあ、おやすみと言っておやすんでいないのは、いただけない。あたしたちは軽く打ち合わせると、さっそく仕事にとりかかった。化けペンギンの相棒はするすると天井裏にのぼると、人間の裸足によく似たヒレで、ペタペタと音を立て始めた。まるで、体重の軽い子どもが走り回っているような音に、少年がはっと本から顔を上げる。よし。あたしは更に指示を出す。相棒は慣れた様子でカチカチくちばしを打ち鳴らし、のどを震わせては笑い声にも聞こえる鳴き声を、絶妙な音量でたれ流す。依頼人には、事前にでっち上げのおばけ話を聞かせるよう言っておいた。果たして効果はあったようで、顔をこわばらせた少年はぱっと布団にもぐりこむ。よしよし、いい子はもう寝る時間だよ。心の中でほくそ笑んだとき、布団から伸びる杖先に気づいた。
間一髪であたしの方が早くて、命からがら転移した相棒は、あたしの腕の中でふてくされている。天井裏の偽おばけにためらうことなく攻撃魔法をぶっ放した少年は、反省の色すら見せず、パチもんかよ、と悪態をついた。幽霊が見たくて夜更かししていたらしい少年を、どうしてやろうかとあたしは杖を握ったけれど、床にめり込む勢いで頭を下げるお母さんがかわいそうでやめた。「なんで幽霊が見たいの?」あたしの猫なで声に、少年は「どうでもいいだろ」とそっぽを向いた。かわいくない。
お代はきちんともらえたので、ぱーっと飲んで忘れていたある日、別の依頼の帰り道で、例の少年を見つけた。なにやら真剣な顔をしていた少年は、ふと顔を上げると崖の上から身を投げた。悲鳴があがる人垣をかき分け、あたしは相棒をぶん投げる。トップスピードで少年に激突した相棒は、そのふかふかの羽毛を広げてやさしいクッションになりながら、あたしのことをにらみつけていた。
「幽霊が見えるようになりたかった」という少年にあたしは雷を落とした。「そんなことしたってね、取り返しはもうつかないの」
飛んできた母親から、少年の親友が最近亡くなったことを聞いた。そんなことは分かってる。ただの見栄や好奇心で、命まで張るバカはそうそういない。まだ文句を訴える相棒を、あたしはぎゅっと抱きしめる。あたしがいじめて死なせてしまったこの子は、すぐまっさらに生まれ変わってしまって、一度だってあたしを憎んではくれない。ジタバタ暴れるくせに、決して本気では噛まない相棒をしっかり抱き込む。ごめんねはもう、届かない。
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