セオと僕の二十一回目
加藤ゆたか
二十一回目
西暦二千五百四十五年。不老不死になった人間の僕は、パートナーロボットのセオと二人で暮らしていた。僕はセオを娘として作った。
「お父さん、お風呂できたよ。」
「ああ。」
セオが僕に声をかける。僕は今読んでいる本がちょうどキリのいいところまであと四ページほどだったので、そこまで読んでしまいたかった。
「ほら、早くしてよ。冷めちゃうから。」
「ああ。」
明らかにセオは僕の空返事に不満を表していた。僕の視界の隅に入るように仁王立ちして待っているセオから受けるプレッシャーが強い。……ここまでか。僕は本を読むのは途中で諦め端末を置いて、セオに連れられて脱衣所に入った。
「セオ。シークレットモードにしてくれ。」
「うん。」
セオの水色だった髪の色が微かに暗くなる。シークレットモードに切り替わったのだ。
パートナーロボットの行動履歴やパートナーロボットが見た映像は、基本的にはすべてパートナーロボットを統括しているロボットネットワークの本部に送信されている。これはパートナーロボット自身の安全を守ったり、保守をしたりといった管理をするために必要なことだ。
だからセオの普段の行動もセオが見ている僕の姿も、全てはパートナーロボットの本部に送信されていることになるのだが、さすがにそれでは人間のプライバシーや機密性の高い情報の漏洩の問題もあるので、パートナーの人間の権限でシークレットモードに切り替えさせることにより、その間のパートナーロボットの行動を本部から秘匿することができるようになっている。僕は自分のプライバシーを守るために、セオと風呂に入る時間はいつもシークレットモードに切り替えさせるようにしていた。
「ふー、温かい。」
セオは服を脱いで浴室に入り、軽くシャワーで流すと先に湯船に浸かった。
セオはパートナーロボットなので、僕の前で裸になっても恥ずかしがったりはしないし、親子だから風呂に一緒に入るのは当たり前だと思っている。セオはまったく普段通りで、変に僕を意識することはない。だから僕もセオと風呂に入る時は普段通りでいればよかった。
僕は湯船に浸かる前に先に体を洗う。僕が体を洗い終わるとセオは湯船の奥に詰めて僕のためにスペースを空けた。湯船は小さいので二人で並んで入ると結構ギリギリである。少し肌が触れることもあるが、セオはパートナーロボットなので僕との接触を意識することはない。
「ねえ、お父さん。明日は仕事お休みなんだよね?」
濡れた髪をお湯に漂わせたセオが隣の僕を見て話しかけてくる。
「ちゃんと休みにしてあるよ。」
「少し緊張するなぁ。」
「そうか?」
明日、僕らは商店街の写真館で写真を撮ることになっていた。
「毎年のことじゃないか。」
明日は僕とセオが出会った記念日だった。
「そうだけど。今年はほら、せっかく衣装も用意してもらったんだから、お父さんもきちんとした格好にしてよ。」
「わかってるよ。」
セオが湯船から出てロボット用の石けんで体を洗い始める。セオは僕の視線や気持ちを意識することはない。
僕はやっと湯船の中で足を伸ばせるようになり一息ついた。
次の日の朝、僕らは早めに家を出て商店街の写真館に着いた。
さっそくセオは用意してもらっていた衣装に着替えさせてもらう。
それは振り袖だった。白地の着物に赤い色で花やら何やらの模様が描かれている。
「今年は二十年目だから……、人間だったら二十歳でしょ?」
少し頬を赤らめたセオが僕を上目で見る。
僕はセオの姿に目を奪われていた。普段の子供みたいな顔ではしゃぐセオとは見違えた姿だった。このまま額に入れて一生自分だけの宝物として懐にしまい込んでしまいたい気持ちになった。
「大人っぽいな。」
僕はやっとそれだけ言った。
「他には?」
「……綺麗だ。」
「そうでしょ。」
僕が照れながら褒めると、セオはニッカリと笑った。はは。そんなに表情を動かしたらせっかくの化粧が台無しじゃないか。
僕らは写真を撮った後、せっかく振り袖を着たのだからという写真館のスタッフの厚意で、二人で商店街を一周することにした。セオは僕の腕に手をかけ、僕がセオをエスコートするように二人で歩いた。
と言ってもこの商店街はロボットばかりなのだが、僕は晴れ姿のセオと並んで表を歩けて気分が上がった。僕のセオを、誰にも見せたくない気持ちも、みんなに見せたい気持ちもどちらも本当だった。あの商店街の修理屋の店主の女性も僕らを見ていただろうか?
最初に二人で写真を撮りたいと言ったのはセオだった。それは僕らが最初に出会ったその日、まさに二十年前の今日、親子なのだから並んで写っている写真が欲しいとセオが言ったのだ。それから僕らは毎年、今日になると写真を撮るようになった。
今日がちょうど僕とセオが会って二十年目。
そしてこれが二十一回目の家族写真だ。
毎年変化が無かった不老不死の僕とロボットのセオの写真。
でも、
「今年の写真は特別だね。」
とセオが言う。
「今年も今までも、来年もこれからも何万年経ったって特別だよ。」
と僕は言った。
そう。僕らには永遠の時間があるのだ。
セオと僕の二十一回目 加藤ゆたか @yutaka_kato
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