21回目のハグ
アキノリ@pokkey11.1
奇跡の価値は
「海についてだが.....1年経った。.....意識が戻らない。.....待っている子供達の為に臓器提供をしようと思う」
ただひたすらに目の前が暗くなっていく。
それはトンネルの中に誘拐されて暗闇になっていく感じだ。
既に泣いているが更にショックを受けた様に泣き声を上げて泣き始めた海の母親の肩を取る海の父親。
それから悲しげな顔を浮かべた。
俺、山科海斗(やましなかいと)18歳は.....何時も通りの日々を送れると思っていたので.....前が急速に暗くなって見えなくなった。
まるで突然失明した様な感覚だ。
歩み出せなくなった。
幼馴染の女の子の山梨海(やまなしかい)が好きだったフリージャーの花束をそのまま床に落とす。
それから膝からその場に崩れ落ちる。
海がずっと意識が戻らない植物人間だっていうのは知っている。
だけど.....そんな馬鹿な.....。
一緒に高校を卒業して.....ただお爺さんお婆さんになるまで共にずっと過ごせると思っていた。
あの日、トラックに跳ねられなければ、だ。
俺はあの土砂降りの雨の中に映えた血だまりを忘れない。
その思いを抱きつつ1年が経過したのだが。
今日、21回目のハグをしようと思っていたのだが。
余りにも絶望的だった。
「.....恐らく海はもう.....。.....あの状態では奇跡は起こらないと思う。.....彼女はよく頑張った」
「.....」
「うぁあああああ!!!!!」
海の母親は男の様に泣き叫ぶ。
看護師達がビックリしているが.....そんな事はどうでも良い。
病院だというのにそんな事も気にせずに泣きじゃくる。
子供様に、だ。
そんな声すら俺は煩いと思わなかった。
ただ俺はショックで暗くなっていく。
絶望に包まれる。
「.....もう本当に無理なんですか?」
「.....彼女の気持ちを汲んであげてほしい。よく考えてみてくれ。1年もあのままでは可哀そうだと思わないか?包帯に点滴を付け呼吸器のまま.....1年間だ。.....もう苦しみから解放してあげても良いと思う。私達も.....私も.....」
歯を食いしばって拳を握って涙を流す海の父親。
呼び出されたと思ったらこんなのって。
神様、アンタという奴は最低だな。
休憩室があっという間に.....俺にとっては地獄の空間になった。
目の前の床に落ちている花束を見る。
額に手を添える。
「君.....は良く.....来てくれた。娘によく何時も思いっきりハグしてくれた。有難う。.....心から感謝するよ。海斗君」
「.....俺は何もしてないですよ。ただ花束を毎回持って来た.....だけですから」
不思議と涙は出ない。
愛しい幼馴染がこの世から去る、というのに、だ。
俺は.....何を恨んだら良いのか分からなくなった。
思いつつ俺は花束を拾い上げる。
今日は何故、こんなに大きな花束を持って来たか。
それは教師達が配慮して作ってくれた卒業アルバムと卒業証書を一緒に持って。
そして俺が高校を卒業した事を報告に来た。
のだが.....でも。
どんな事でもこれは伝えたいな。
「.....親父さん。お母さん。卒業証書とか届けに来て終わりじゃ無いです。.....実は今日、決意した事があって。丁度良かったです」
「.....?.....何だい?」
「.....俺は最後に海と結婚したいです」
「.....そ、それは.....」
「大好きな海の為に。その為に俺は.....婚約指輪を持って来ました。反応が無くても。俺は.....幸せにしたいんです」
既にもう申し出ていたが。
まさかこれで会えるのが最後になるとは思わなかった。
卒業証書もアルバムも大切だろう。
だけど。
俺は.....婚約指輪。
安物だけど.....それでも。
愛しい海の為に.....と思って。
そっちの方が俺にとっては何より大切だ。
「.....貴方。良いじゃ無いですか」
「.....しかし.....娘はもう.....このままでは迷惑が.....」
「させて下さい。俺が.....したいんです」
「.....正式なものは出来ない。だけど良いのか」
「構いません。お別れです。これで決意が出来ます」
この婚約指輪を渡したら俺の仕事は。
そして決意が出来る。
もう会えないという事の.....決意が出来る。
思いつつ俺は花束を持って品物を持ってから立ち上がった。
そして病室のドアを開ける。
そこには意識が戻らない横たわって目を閉じたままの海の姿が有った。
相変わらずの病室だ。
風通しの良い綺麗な、だ。
今日は日差しもあって.....綺麗な日だ。
だから良いんじゃないかな。
「.....海。結婚しよう」
そう俺は赤面で告げる。
涙を堪えて、だ。
後ろでは涙を流している海の夫妻が居る。
俺はその人達の思いも握ってから。
そのまま婚約指輪を取り出した。
「.....お前も好きって言ってたよな。昔。俺の事。1年前だけど」
細い指。
そしてケガをしたままの顔。
俺はその姿を見る度に。
修学旅行の話をしたり.....友人の話をしたり。
クラスメイトの話をしたりしてきた。
だけどこれで最後だ。
もう直ぐ脳死という事で臓器提供をするという。
「.....何でだろうな。お前と一緒に.....ずっと居れるって思ってたから」
涙が止まらなくなってきた。
駄目だ、泣かないって決めたのに、だ。
涙が止まらないじゃないか。
どうしたら良いのだろう。
手が震えるが.....、と思っていると。
『嵌めて。海斗』
そんな声がした気がした。
そのまま俺は見開いて目の前を見る。
だけど相変わらずの状態の海が居るだけだ。
俺は.....膝をぶっ叩いた。
「.....」
それから震えながら細い薬指に指輪を嵌める。
俺はそれから海の髪の毛を触る。
本当にお別れだな、これで。
そして通算で21回目のハグをする。
いつか.....天国で再会しような、俺と。
思っていた矢先の事だ。
海が.....微かにその傷跡だらけの目を開けた。
それから俺を見てくる。
それは.....奇跡の様な瞬間だった。
俺は見開く。
みんな駆け寄って来た。
「.....かい.....と.....?」
「お、お前.....!?分かるのか!?俺が!!!!!」
「大変だ!今直ぐに医者呼んで来い!智子!」
海の母親が走り出す。
一瞬でドタバタになった。
顔の筋肉のこわばりながらも有りながらだが、ゆっくり笑みを浮かべる海。
俺は膝からまた崩れ落ちてからそのまま俺は海の手を握った。
そして.....そのまま俺は海の額に手を添えた。
薬指では.....俺が嵌めてやった婚約指輪が静かに光っている。
それは奇跡の証だった。
fin
21回目のハグ アキノリ@pokkey11.1 @tanakasaburou
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