一章 鬼種の眼[五]
とても耐えられないと、そう思った。
それは、陸がこれまで生きてきた中で、形を変えながらも常に感じ続けてきたことであった。
こんな世界は間違っていると。
でも、もう、正す気にはなれない。
世界を正すなんて大それたことは、どうしたって個人の手には余るのだ。自分の心さえ思い通りにいかなくて、正すことさえ出来ないのだから。
山中の廃墟。外に出て、深呼吸をした。そこは、陸たちが隠れ家として使っているものの一つだった。
空を見上げる。今夜は雨だろう。
──だけど、俺は戦えない。俺にはその力がない。
由香理に告げた言葉が、陸の胸を抉る。
嘘ではなかったが、見抜かれていたとも思う。
戦えない。力がない。
嘘だ。
戦える。力もある。
ただ、怖いのだ。戦うことも、力があることも。
傷つくことも。
自分の内に潜む彼女を解放することが怖いのだ。
彼女と向き合うのが怖くて、彼女とともに戦うことが怖くて、ずっと目を背け続けている。
彼女は、陸の意識とは無関係に働く防衛機構だ。だから、石楠花由香理に視られた時に出かかってしまったのを、すんでのところでなんとか押し留めた。
それはつまり、石楠花由香理が陸を滅ぼし得るという可能性を示唆している。
その事実こそが、重要なのだ。部屋の外に控えていた恭子も気づいているだろう。
あの眼はあまりにも危険すぎる。
宮本陸を滅ぼせるほどのものであれば、それは、国が動くほどの代物に他ならない。陸が、国から追われる身であるのと同じように。
だから自分にとっても重要なのだと、陸は思う。
しかし、こちらの思惑など、由香理にはまったく関係のない話だ。
由香理には申し訳ないことをしたと思う。
今、もっとも辛いであろう彼女の前で、弱さを見せてしまった。彼女の現出に、憔悴してしまった。
なにより。あの屋敷で、陸がもしも戦うことが出来たならば。
石楠花由香理に無用な殺人を犯させることなどなかったのだ。
とても耐えられない。
こんな自分が、耐えられない。
絶叫したかった。
胸を自ら抉りたかった。
自分が犯した罪もなにもかもを捨てて、逃げ出したかった。
しかし、それだけは、許されない。けっして許されない。
自分は、誰かに許されたいのだろうか。
彼女に許されたいのだろうか。
あるいは石楠花由香理は、自分を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます