chrono-18:魅力は、ブライト……輝ける七つの証……ッ!の巻


 午前十一時。朝から何も口にしていない僕だったけど、かといって妹におごってくれとすんなりは頼めないほどのこじらせ仕様であるがゆえ、空腹を引きずり倒して何か分からないけど一周一キロくらいの公園の散歩道を延々と手を繋いだまま色々なよしなしごとを絶え間なく聞かされつつ歩かされて倒れそうになったところでどなたかに連絡が取れたようで。


「……とりあえずおにいちゃんの名前出して、それでもOKってヒトだけ駅前の『ボイヤス』に集まってもらう感じにしたけど、それで良かった?」


 良いけど。ちょっとハブられ気味な僕の痛いとこをいつも突いてくるねキミは。それにしても確かに休日朝から謎極まりない「会合」に出張ってくれるなんて、明日奈の求心力ってのは大したもんだね……でも集まってもらったはもらったでいいんだけど、それからどうしたら良いのだろう……今更ながらどうトレースするとかノープランであることを実感し、真顔となってしまう僕だけれど。


 さらにの真顔になるしかない「力場」が、休日昼どきなのに客がまばら未満なファミレスの片隅で巻き起こっていた……ッ!!


「……」


 妹に手を引かれ、L字型のゆったりとした座席に誘われた先に広がっていた光景は、既視感が網膜を的確丁寧に突いてくる、そんな絵面であったわけで。


「あ、アスナ来たー、って兄とペアルックて。相変わらずー」

「……フン」

「おー、アシタカは制服でも私服でも貧相な感じあるねー」


 四つの人影。ぽんぽんと掛かる声はまごうことなく僕らに向けられている。何か面子に見覚えあり。何かの省エネか分からないけど絶妙に薄暗い照明が差す店内に、そこだけ暖色の光が覆っているかと見まごう区画が……ッ!! 杜条モリジョウ灰炉ハイロ銀鈴インリィン……奇しくも昨日、僕が能力と共に世迷言みたいなのをぶちかました御方たちじゃあないか……なんだろう、これ偶然? 違うよね。


「く、来野くんっ、不純異性交遊は教育者として許しませんからねっ」


 いやそれよりいちばん驚いたのは、その片隅に朋有トモアリ先生がおったことだよね……なぜ担任までも呼ぶ? あほか明日奈は。というかそれで来る先生ェも先生ェ……そしてひとりだけもう何かが入っちゃってるような佇まい……うぅんどうしよう。何をどうしてどうやったらいいのかの取っ掛かりすらつかめないのだ↑が→。と、


「ま、座んなって二人とも」


 明るい茶色のさらさら髪を、あざといほどのこれでもかのツインテにまとめた杜条は、休日なのにどこかの制服っぽい臙脂のジャケットに黒×緑のチェックのスカートをその細い身に纏っているけど、たぶんそういうおしゃれなんだろうね僕にはよく分からないや。透明感のある緑色のフレームの眼鏡の奥には、物憂げなような、それでいてこちらの様子を常に隙無く窺ってる感の切れ長の瞳があって、いったん目線を合わせると外しずらいのは何でだろう……と、その華奢な脚を揃えてわざわざ座席から立ち上がると、つんと尖った顎で奥に座れと促された。が、


「あ、うわぁぁぁッ!?」


 こんな千載一遇のチャンスを指くわえてスルーする今の僕じゃあない。自分の左かかとに右つま先が引っ掛かりましたよの体でわざとバランスを崩すと、思わず手が出てしまったという極めて自然な形で杜条の方へ手を伸ばす。トレース。そう、身体に触れるという結構ハードル高い条件だけれど、でも今の僕には、僕ならば為せるはず……ッ!! 本日の能力残弾は起き抜けのおっき抜きがあったために既に「21」まで減少している。ここは能力に頼らずに任務を遂行するというこのエコロジックアニマルの本領を発揮すべき場だッ!!


「え……?」


 とか諸々考えていたのがいけなかった。


 僕の差し出した左掌は杜条の身体に確かに触れていたのだけれど、その場所が彼女の胸部丘陵の右の峰だったのであったのであった……そして次の瞬間には布越しに伝わる感触を、脊髄反射のように僕の中のひとりが【分析】してしまっていた。


<推定Bカップ>


 いやエレキィッ!! キミはニヒルな奴と思ってたけど!! しかも能力使った割には僕でも見た感じで推定できるほどの戯言を吐いてきたよ……何たる。なーんたるェ……と、


「……!!」


 突き飛ばされるか叩かれるかを予期して身体を強張らせた僕だったけど、次の瞬間飛んできたのは、僕の鼻と唇の間にある急所を狙い放たれてきた一本拳だったわけで。無言のノー溜め状態からいきなり来た……ッ!?


 【集中】は【ダイブ】……ッ!!


 何とか発現させた例の「魚雷」の極小バージョンを、自分の左耳に突っ込ませることによって頭ごと背後に十センチほど退かせる。鼻先一ミリくらいに空を切った拳撃の風圧。ふぅぅうわ何とか躱すことが出来たよっぶねへぇぇぇ……


 怪訝そうな顔で杜条が、自分の胸元を庇うように左拳を当て、鋭く突き出した右拳を中空にとどまらせた格好で、僕の表情を覗き込むように眼鏡の奥の目を細めて睥睨してくるの本当に怖い。そして何か格闘でもやられているのでしょうかこの上なく滑らかで無駄の無い動きでしたよね……


 それもそうだけど、いま僕「能力」をこの「現実世界」でも可視化させて顕現させたよね……まあ見えているのは僕だけだから、脳内イメージと見えてる視界とがリンクしただけなのだろうけど。いまの「かわし」も首の筋肉が瞬時に収縮しただけだろうしね。でも。


――最近、変わってきたよね。


 明日奈に先ほどぽつり言われたことが頭を……脳内をよぎる。自覚はしてる。それを深掘りしていってしまうと何か深い穴みたいなのに落ち込んでしまいそうだからほどほどに自制はしているものの。でもやっぱり僕は変化しているのだろう。「本当の自分」を取り戻すため? それはでも本当に正しいことなのかな……?


 わからない……時は寝るに限る……


「いや、来て早々なにオチてんだ」


 僕なりの落ち着くための儀式だったのに、そういうの解さない左隣の灰炉から本人は軽く振るったつもりだろうけど鋭さでは昨日の在坂のそれと遜色ないほどの右肘が僕の後頭部に当てられ瞑想に入ろうとしていた僕は綺麗に顔面を眼前のテーブルにそれは勢いよく突っ込まされて衝撃で本当にオチかけそうになってしまうけど。せ、席順変えタイムはまだですか……ッ?


「は、灰炉きょう道場じゃないの……?」

「いけないか?」


 いけないとは絶対に言えないので委縮しつつ僕は尻の位置を変えるにとどめる。腕・脚が日×チェコハーフの僕よりも十センチは長いんじゃなかろうか、しなやかな筋肉が無駄なく全身の骨格に沿うようについている灰炉は何とかっていう空手の有段者だそうで、全国選抜で去年は一年生ながら準優勝を果たしたと聞いた。真っ黒なジャージ上下にその細身を包んでいるけど、腕組みをしてるその両腕の上には確かに主張をしているふたつの双球が鎮座しており思わず目を奪われそうになる。と、その不穏な気配を感じ取ったのか、ふいとこちらを殺気走った視線で射貫いてくるよあかんあかん……目ががっちり合った。眼光鋭い猛禽系の御顔立ちなのですけれど、本人の主義なのか頭頂部辺りで高々と結わえられたポニーテールに分類されるのか佇まいからのイメージで野武士感のある髪型はだけど、


「……」


 ええ香りがする……


「来野妹の頼みで来た。くだらない用事だったらモーション取りづらい上段の実験台になってもらう」


 いやいや。そんなに威嚇されてきても。昨日褒めたじゃないか、その綺麗な上段回し蹴りのことを。何か根に持ってんのかな……灰炉は次の瞬間には何事も無かったかのように目の前に置かれたグラスに手を伸ばすと、イメージからはかけ離れたピンク色の液体をストローですすり始めたよどうしたの本当に……


「思うに、陰キャのカラ回り、あるか」


 そしてその隣で唐突にそうまとめ始めてきたよ銀鈴……上海シャンハイの超富裕層のひとり娘で、一応交換留学生というかたちで半年前くらいからこの中学に来てるけど、何とかっていう日本のアニメの重度のマニアらしく、あえて人工的な真っ赤に染めましたといわんばかりのド派手な髪を後ろでおさげにしてる。そして今日は黒を基調としたチャイナドレスを流石と思わせるほどには着こなしているけど、普段から着るものなのかな……それにパーティ余興用と思わせるほどにそれはそれは薄くペラい質感なのだけれど。まあいいや。灰炉ごしに覗くスリットからの生足から視線をはがし、いったん落ち着こうと僕は深く息を腹底に落とし込む。と、


「先生は何より、何をやってもダメな来野クンが何かをやろうとしているのはいいんだけれど、その、下心を隠せていない感が痛々しいって、教育者としての指導をしたいだけなのだけれど」


 座席の左隅で童顔に力を入れてそう切り出したのは先生……大卒三年目と聞いたからもうそこそこいい年ですよね……休日の昼ひなかにこんな煤けた場所にいていいものなのでしょうかねぃ……とはもちろん口にも、顔の表情筋ひとつにも出してはならないので、いえそんな下心とかは皆無です、と力無く言うにとどめるけれど。


「駄目よ、教師と生徒の、その、み、みだらな関係なんてっ」


 なんで先生だけ駆け付け三杯くらい流し込んだくらいの先走り気味のメンタルなんだろうかは分からなかったけど、普段からこういう浮世離れしたとこはあるもんね……と、この時だけは杜条・灰炉・銀鈴と「同意」の視線がテーブルの上の呼び出しボタンの上で絡まり合って各々ほぼ同時に軽く頷く。


 朋有トモアリ 望月ルナピエナ という泣く子もえずきそうな名前はイタリア語からだそうだけど、両親共に神奈川の出身で、先生もそこで生まれ育ったという。名前コンプのある僕としては同胞感もまたハンパないのだけれど、明日奈とはまたベクトルの違ったド天然であり、昨日能力を使って巻き込んでしまったことを深く反省はしている。


 といったところで今ここに集まった面子が、昨日僕が能力行使を試しにしてみたヒトらだという事には既に気づいていた。僕としては無作為に声を掛けていたつもりだったけど、何らかのバイアスはかかっていた可能性が高い……何より全員女子だ……しかもルックス偏差値が六十オーバー揃い……くっ、僕の審美眼が知らず知らずのうちに……ッ?


「……で? そろそろ諸々の説明をしてもらえる感じ? っていうか本当に気持ち悪い結末が待っていたのなら、今後クラスでの居場所がなくなると思って欲しいんだけど。まあ今でもほぼ無いは無いだろうけど」


 来たな杜条……ここからが本題。何とかこの場をうまく丸め込んでさらにはトレースへと持ち込んでやるぅぅ……残された、糸ほどの僕の居場所を護るためにもぉぉ……ッ!!

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