chrono-17:胆力は、ハード!現実も、それはそれでハードッ!の巻
さて。
ナニゴトも無かったかのように水洗いを終えて浴室から出てきた僕は、家族が起きてくる前に華麗に家を抜け出すのであった……
「……」
朝食も取れなかったけどしょうがない。何というかいたたまれなさの波濤に飲み込まれそうであったし、とろろごはんでは済まないのっぴきならなさがあったから。よれよれのTシャツにがびがびのジーンズ、てろてろの元は薄い緑色だった今は灰色に近いほどにすっかり洗いざらされたパーカーを何とか身に着け、三和土にあったサンダルに裸足を突っかけてすっころびそうになりながら玄関を出た。
とは言え時刻七時ちょっと過ぎ。休日の朝は照らす太陽の光もいつもとは違った眩しさがあるとでもいうのか、火照りが引いてすっきりとした身体に非常に心地よいのだけれど、かといって向かうところも定まんないよね……カネも無いことだし。うぅん……足の赴くまま大通りによろぼい出る僕だけれど、今日本当に「トレース」だかをやらんといかんのでしょうか……メンタルは最悪四天王を凌駕せんばかりの低水域なのですがッ。
<……まあ、【
アイスはやっぱり冷たいね。【
「おにいちゃんっ、ど、どこいくのっ?」
背後からかかるのは息せき切って走ってきたと思われるその妹の弾んだ声であったわけで。追っかけてきたのかよもう……
「なんていうか、すまなかった」
であったので、僕はスムースに地べたに両膝を突きざま、両掌もつけてその間に額を擦り付けてみるのだけれど。ふ、と、ばあちゃんの奥二重に見えたアスファルトのひび割れのひとつと目が合った気がした。ほんのりアンモニア臭も漂ってくるけど構わず僕は畏まりの姿勢を取り続ける。ちょ、ちょっとやめてよぅ……との力無い明日奈の声にも動ぜず、僕は頑なに土下座姿勢を崩さずに、厳然たる謝意を示し続けるのであった……割と、いやがらせ的に。
立ってってばぁ、と泡食う妹に腕を引っ張られようやく立ち上がる。いや、もっとこう……口汚く罵ってくれて構わんのだよ? とか腐った言葉しか発せられなくなっている僕に、いいからもぉぉ、めんどくさくなっちゃったなぁぁ……とか困り気な声を絞り出しながらぐいぐい押されて横断歩道を何とか渡り切らされる。
「……」
そのまま押しに押されて昨日も訪れた家近公園へといざなわれたのだけれど。今日も天気は最高だね。まだ朝露が残っていて適度な湿りけもあって空気も澄んでいる。けど。
「べ、別に思春期男子には不可抗力的にあることだって知ってるんだからっ。不必要に卑屈にならなくていいのっ」
あれ、能力使うて無いのにそんな面罵……というより何より、いくら思春期男子とて、今朝の如くの所業にはなかなかに至らんと思うけどェ……昨日と同じく、例の噴水の縁枠に隣同士で腰かけながらそうまくしたてるように言われたところで何も言えんのだが。真顔の無言で力無く座り込むばかりなのだけれど何となく視界の右に入っているのは俯いた姿勢の妹。今日のいでたちはあれ、ジーンズ&パーカー図らずもお揃いだよ、経年劣化の前後みたいな色合いの落差はあるものの。と、
「私もつい横で寝ちゃってごめんなさい……だっておにいちゃんのにおいって何だか安心してよく寝られるから……」
いやキミは本当いろいろな属性を有しているね? そして兄を落とそうとしてきてるのは何でかな? いろいろとあかんからその辺にして、うぅん、何とか話題を逸らしていこう……
と、そこまで来て思い至った。明日奈に協力してもらえば、「トレース」が捗る可能性高し……ッ!!
「お、今日部活無いんだったらどっか行くか? いやまあカネ無いからどこ、ってこともないんだけどさ」
極めて不自然なそんな誘いの言葉が口をついて出てしまった。普段は一緒の行動を避けておいてのこの物言い……あやしさしか感じないよね……うぅん僕やっぱり能力使わないとすんごい野暮&凡夫……とか自分で自分に、まるで内なる十四人の総意かのように呆れられていたら。
いくいくぅ、えぇーどこ行こっかな、お金なら少し出せるよぅ、とかぱっと顔を輝かさせてしまったよ、いつもの感じの明日奈に戻ってきてくれたのはありがたいのだけれど、くるくると動く黒目勝ちな瞳を横目で見てると、本当何かを踏み越えてしまいそうだからツィと目を逸らしつつ立ち上がる。さて、自然に「トレース候補」たちと合流するにはどうしたらいいんだろうねえ……とりあえず公園内をぶらぶらしようと妹を促しつつ、のんびりと歩を進め出した僕。
<アスナは、トレースしなくていいのかい? サーティーン……>
と、頭の中で、いつも僕をナビってくれるファイブの声が響く。でも心なしかその声は疑問、のような不審さを宿しているように感じられた。ん? どうしたの?
――あ、なんか身内はアレなのかな、とか思ってた。いけるんだ。
流石にすぐ脇をうきうきとした足さばきで闊歩する本人がいるので、僕は頭の中に思考を響かせるようにして「話す」。
<イメージ次第で、誰でも何でもいけるさ。それほどの能力なんだよ、もっと自信を持って堂々と立ち回ればいいよサーティーン>
うんうん。「自信」とか「堂々」っていうのに縁の無かった生活だったけれど、まあ「気の持ちよう」ってやつで如何様にも物事は運ばせることができるって、ここ最近で感じること多いもんね。よし、前向きに前向きに、だ。
「……」
ほら、といった自然な感じで隣を振り返りながら左手を差し出してみる。ふぇぇえ? みたいに、自分にぐいぐい来られると慌ててしまう明日奈を何か可愛いな、と余裕で思えるくらいにメンタルは凪いできているよ、これが「取り戻した僕」とでも……言うのか……
浸っている場合じゃないけど、おずおずと、それはおずおずとそっぽを向きながら伸ばされてきた右手を軽く握る。柔らかく、さらさらとした質感。手先が熱を持つ僕からすると、本当にひんやりなその感触を確かめるようにしながら、こうやって手をつなぐのっていつぶりかな、みたいに極めて軽い気持ちで昔のことを振り返ろうと思考を走らせたのだけれど。
「……!?」
思わず顔が少し歪んでしまう。記憶にアクセスしようとした、その瞬間に走る痛み。右脳辺りをざくと包丁を入れられたような感覚……なんだこれ。こんなこと今まであったっけ……一瞬止まってしまった呼吸を静かに戻していく。昔のことを思い出そうとしたら痛んだ。何で? ここ最近の能力関係のことに関連があったりすんだろうか……でも落ち着いてもう一度おそるおそる、小ちゃい頃に明日奈と手を繋いで幼稚園に通ってた頃のことを思い浮かべると、今度は普通に思い描くことが出来た。うんうん、昔の記憶っていうのは多分「共通七割の人格」に紐づいているみたいで、容易にアクセス可能みたいだね。さっきのはたまたまかも。ん? いや明日奈の像がぼやける。ぶれて二重に見えてきた。やばいやばい、ちょっと落ち着いて思考を戻していこう。
とか頭に空いてる右掌を当てて思っていたら。
「お、おにいちゃんさ……えとさ……ルイちゃんにも相談しちゃってあれだったんだけどさ……」
語尾に「さ」が多くなる時は、大抵鋭いことを言ってくる時だ、と【注意力】を使わずしても、ずっと接してきたから分かる。僕と繋いだ手を軽く前後に揺らしながら、視線を前に落としつつ明日奈はそうぽつりぽつり言葉を紡ぎ出してくるけど。
「……最近、変わってきたよね」
うん、多分それについて指摘されるだろうことは【分析力】を使わなくとも分かっていたよ。ここ最近の自分自身の変化、それは本当どういうことなんだろう、と考えれば考えるほど真の答えから遠ざかっていってしまうような気がして、僕はなるべく考えないようにはしているのだけれど。
全部、全員が「集約」したのなら。
真の、真の「僕」になる、いや「戻る」ということなんだろうか……それを、今は目指すほかは無いんだろうか……
「変わろうとしている、んだ。もっと、まともでマシな奴になろうと思い立ったって言ったら変か?」
でも脳の表面を上滑るような言葉しか発せられなかった。【発言力】とか【説得力】とかを使えばもっとまともでマシな答えが返せたのだろうか……
べつに変とかってわけじゃないんだけどぅ……みたいに呟いてからは言葉を探しているのか無言のままで、緑が頭上を覆いだした小径を黙々と歩き続ける明日奈だけど。
「……」
それよりトレースは出来たの? 自分の「内」であまり絡んだことが無くてちょっと緊張するけど、【
問題ない、と手短な言葉が返ってきた。ニヒルっぽい自分の声聞くのって何か恥ずかしいよね……と思いつつも、身内でも直接触れることが出来ればそれって出来るんだね、とそれに応える。まあ身内に能力が効かないってことは僕の錯覚かもね。規格外の
よし、じゃあこんな感じで嫁候補……じゃない「トレース候補」をGETする旅へと出かけるぜぇいっ、という、大枠で見ればぎりぎり合ってる程度の妙なテンションが自分の中で突き上げるように込み上げてきた僕は、
「明日奈……ちょっとお願いしたいことがあるんだけどいいかな……?」
軽く左手を引きつつ、こちらに注目させた上で本日七発目の能力、【
「……お金なら貸せるよ? じゃなくて?」
あれ? なんか自然な感じで流されたな……それとも効いてるのかな……何とも判別しづらかったけど、まあ協力が得られるっていうならよしってことで……
いかんせん定まらない感じが非常に心もとない気もするけど、やらないよりはやる、それが今の僕の心情だ。んんんん……やったるでぇぇぇいッ!!
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