第175話 地下のワカメ男【SIDE:ゴーレム】

 廊下を走り回ること数分。以外にも、地下への通路はすぐに見つけることが出来た。

 地下に続く階段はむき出しになっており、誰でも降りることが出来るようになっていたのだ。


「……なんでこんなにわかりやすい場所にあるのに、お前はわからなかったんだ」


「あ、あれぇ……? もっと隠されてるイメージだったんだけどな……?」


 ヴィットは髪を掻いた後、突然真剣な表情になる。


「……でも、こうも考えられないか? 侵入者が来ても大丈夫だから、あえて見える場所に階段がある、と」


 確かにその線はある。普通、見つかったらマズい物は隠すはずだからだ。

 こうして誰でも行き来が出来るようになっている以上、何かしらの対策はされているはずだ。


 しかし、俺たちにここから引き返すという選択肢はない。


 俺とヴィットは石階段を降り、背丈ほどもある鉄の扉を押し開けた。


 扉の先は、1階とはかなり雰囲気が違う世界が広がっていた。

 まず、明かりが少ないのでとにかく暗い。それに、さっきまでは入り組んでいた廊下が、一本道に変わっている。


 まるで何かにおびき寄せられているような、そんな不気味さを感じる。


 足を進めていたその最中、俺は何かに見られているような感覚を覚え、足を止めた。


「……ククク。やはり気づくか。恐ろしい化け物だ」


「うわっ!? 天井から音がしたぞ!?」


 ヴィットが震えあがると、俺の背後に隠れた。


「何者だ」


「おいおい、侵入者は君たちの方だろ? ……まあいい、ボクはこの研究所の守護者さ」


 天井から声が聞こえたその時、布を投げたようなバサッという音が響き、何かが天井から落ちてきた。

 その先に視線を合わせると――そこには、黒いヌルヌルに身を包んだ男が立っていた。


 よく見ると、表面を覆っているのはワカメだ。足元にはぬらぬらとした液体が垂れており、気持ちが悪い。


「お前の方がよっぽど化け物じゃないか」


「なんだと!? ボクはこの研究所でこんなに美しい姿になったんだぞ!? それを馬鹿にするのか!?」


 ワカメ男は、醜い姿をしている割に、自分の容姿にプライドを持っているらしく、諸手を上げて怒声を上げている。

 しかし――どうやったらあんな風になれるんだ? ワカメを身に纏っているというよりかは、体からワカメが生えているような、そんな容貌だ。


「ゴーレム! ボクはここで君を倒して、ボクの美しさを証明するんだ! そのためにも、ここで死んでもらう!」


 ワカメ男は俺を指さして息まいたかと思うと、無鉄砲に飛び込んできた。

 速さは大したことがない。この様子だと、力自体もそうでもないだろう。


 俺は拳を構え、ワカメ男が近づくタイミングを見計らう。


「<身体強化ブロンズ>!」


 男の顔面に、俺の拳が叩き込まれる。予想通り、男の体は軽く、一瞬で吹っ飛ばされてしまった。


「うがああああああああああ!?!?」


 床をぬらぬらで雑巾がけするようにして男は転がり、壁に激突して動かなくなってしまった。

 なんだ。さっきまでの奴らと大差ないじゃないか。大層な登場をするから、もっと強いものかと――


「フハハハハ! 君の実力はその程度なのかい!?」


 耳を疑った。視線を戻すと、ワカメ男は床から立ち上がり、いかにもかっこつけた様子で笑い声を上げていた。

 おかしいな。さっきの一撃で伸びているものだと思ったが――まあいい。ならば、さっきより強い攻撃をするだけだ。


「<銀色の爆裂シルバー>!」


 俺は拳を打ち鳴らすと、気を抜いているワカメ男の方へ肉薄し、彼の胴体に拳を叩きこむ。

 同時に、銀色の光が爆発を起こし、男の体を宙に浮かせた。男は天井に激突すると、再び床に叩きつけられ、伸びてしまった。


「無駄に経験値を使わせやがって……まあ、これでもう起き上がってこないか」


「……フハハハハ! フハハハハハ!!」


 先に進もうとしたとき、俺の目算を嘲笑うかのようにして再び笑い声が廊下に響き渡った。


「無駄だよ! 君とボクの相性はすこぶる悪いからね!」


 ワカメ男だ。さっきまでへばっていたはずなのに、また平気な様子で立っているではないか。

 いくらなんでもおかしい。そんな俺の焦りを見透かして、男がニヤリと微笑む。


「……相性が悪いって、どういうことだ?」


「君はボクが攻撃を受けて、なお立ち上がっていると思っているね? でも、正確にはそうじゃないんだ。ボクは『死んでも蘇る』スキルを持っている」


「馬鹿な!? そんな能力聞いたことないぞ!?」


 会話を遮り、吃驚の声を上げたのはヴィットだ。

 それもそうだろう。何度死んでも蘇る能力なんて、あまりにも馬鹿げている。


「ボクは元々、体からワカメが生えているスキルしか持っていなかった。でも、創造主・・・にこの体質にしてもらえたのさ!」


「その創造主っていうのは誰のことだ」


「その質問には答えられないねえ。だって、答えたところで君はここで死ぬんだから!」


 ワカメ男は俺を指さすと、ナルシシズムを感じるポーズのまま、心底おかしそうにケラケラと笑う。


「君は、決して倒せないボクのために経験値を枯らし、そのままここで死ぬ! 創造主が授けてくださったスキル、<増えるワカメ>には何人たりとも敵わないのさ!」


「……ふふ」


 男の口上を聞いている最中、俺は笑みをこぼしてしまった。

 途端、俺の反応が気に入らなかったのか、ワカメ男がムッとした表情になるのがわかる。


「……何がおかしい? 状況わかっているのか? 君はボクに追い詰められているんだよ?」


「追い詰められている? お前は何を言ってるんだ?」


 殺しても殺しても、何度も蘇るワカメ人間。一見すれば、その能力は恐ろしい。

 ――しかし、俺のスキルと相性が悪いのはお前の方だ。


「殺しても死なないってことは――お前のことは、何回殺したっていいんだよな?」

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