第173話 名前を付けろ【SIDE:ゴーレム】

 それから森の外を歩くこと数時間。俺は完全に迷子になっていた。

 思えば、俺はそもそもツンベルグ領がどこにあるのかを知らなかった。


 このまましばらく勘で歩き続けて、目的地に着くだろうか。答えはおそらくノーだ。かと言って、それ以外に方法がないのも事実だろう。


「とはいえ……少し腹が減ったな」


 どうしたものか。一度森に戻るか? ここまで真っすぐ歩いてきたから、帰ることはできるはずだ。


「おい! あれを見ろ!」


 その時。少し離れた場所から、男の声が聞こえてきた。

 見ると、そこには馬に騎乗した数人の男たちがいた。彼らは鎧を全身に纏っており、兜で顔はわからない。


 しかし、男たちが俺を指さしていることからツンベルグ領の兵士であることは間違いないだろう。


「見つけたぞゴーレム! やはり生きていたな!?」


「……またその呼び方か」


「お前、マシュー様はどこに行った!? なぜ一人で歩いているんだ!?」


 俺は男たちの詰問に対し、無言で返した。

 その答えを以って状況を理解したのか、男たちの放つ空気が一気に張り詰める。


「殺せ! その怪物を生かすな!」


 隊長の号令で、五人の兵士が一気に馬を走らせて突進してくる。

 まとめてかかってくるか。さすがにこの攻撃を生身で食らえばかなりきついだろう。


 ――だが、俺にはわかる。奴らの兜の内側は、恐怖で歪んでいるのだと。

 『怪物』という呼び名は、その名の通り、奴らにとって俺が脅威であることを意味している。


 ましてや、奴らは俺が人を殺してきた様を見ているのだ。


「<銀色の爆裂シルバー>」


 俺は経験値50を消費し、両腕を地面に叩きつける。すると、拳を中心に、まるで稲妻が走るようにして地面が裂け、白い光が漏れ出した。


「うわあああああああああ!!」


 兵士たちの叫び声と馬の嘶きが交じり合い、パニックが起こる。その刹那、奴らの足元が大爆発を起こし、兵士たちは馬から振り落とされる。


「おいお前ら! 何を逃げ腰になっているんだ! 早くゴーレムを捕らえろ!」


「い、嫌だ! あんな化け物に勝てるわけがない! まだ死にたくない!!」


 地面に倒れ込んだ兵士たちは、兜を投げ捨て、滂沱の涙を流しながら散り散りに逃げ始めた。

 思っていた以上に、この男たちは俺に恐怖していたようだ。その無様な有様に、隊長も困惑の色を隠せない。


「この役立たずどもが! だったら私が……」


「そうか。だったら俺の方から行ってやる」


 隊長が意気込んだ瞬間、俺は隊長がいる方に向かって歩き始めた。

 明らかに不利になっているのは俺の方だが、むしろ慌て始めたのは隊長の方だ。俺が一歩前進するたびに、じりじりと下がっているではないか。


「どうした? 俺を捕まえるんじゃなかったのか? 俺は逃げてないぞ」


「くっ……な、なめるなああああああああ!!」


「<身体強化ブロンズ>」


 馬から降り、猛った様子で走ってくる隊長。俺はその動きを見切り、頭を掴んで地面に叩きつけた。


 衝撃で奴の体が地面に倒れ、兜が外れる。完全に上を取られた隊長は目を大きく見開き、『ヒッ』と小さく悲鳴を上げた。

 露わになった男の表情はひどく怯えており、立ちあがろうとしても足に力が入っていないため、まるで足を怪我した野良犬のようだ。


「おっと、どうやら俺が捕まえる側だったみたいだな」


「ご、ごめんなさい! 嫌だ! 嫌だ!」


 隊長は必死にじたばたともがき、その場から逃げ出そうとするが、俺に頭を抑えつけられているため、それは出来ない。


 よし、これでこいつも無力化することが出来た。あとは――、


 ――あとは、どうすればいいんだ?


「や、辞めてくれ! 殺さないでくれ!」


 男が命乞いをする。死に直面した人間が見せる苦しそうな表情。ばたばたと動く手足。全てがいつも通りだった。

 しかし――俺はそこからどうすればいいのかわからなくなった。


「いや、殺さない」


「……へ?」


 男がポカンと口を開け、呆然とする。どうやら混乱しているようだが、それは俺も同じだった。


「なんだ、殺してほしいのか?」


「そ、そうじゃない!? だが、信じられるわけないだろ! ゴーレムが人を殺さないなんて!」


「……俺は人を殺したくない。だから殺さない」


 言ったはいいものの、俺はわからなかった。どうして自分が人を殺したくないのかを。


 こいつが可哀想だから? ――いや、向こうから攻撃してきたんだからそれはない。

 じゃあ、もっといたぶりたいからか? ――それも違う。こんな奴に経験値を無駄に使う必要はない。


 <ゴーレム>は経験値を消費するスキルだ。それ故に、攻撃した相手の命を奪わないと経験値がマイナスになってしまう。

 この男を殺さないことが、俺にとってよくないことであるのは間違いなかった。しかし、俺は現に人なんか殺したくない。


「変われるさ。『人間を経験値にした怪物』は、さっきの俺の攻撃で倒したから」


 あの男アルクスの言葉が脳裏によぎった。それは、自分の中で一番もっともらしい理屈だった。


 おそらく人を殺したくないというのは『ゴーレム』ではなく『俺自身』の意志なんだろう。

 つまり、この感情がどこから来ているのかを知ることが出来れば――俺は自分自身を知ることが出来る。


「……お前は殺さないでおいてやる。だから、馬に乗せろ。そしてツンベルグ領に案内しろ」


 ひとまず、俺は目の前の男から手を離し、ツンベルグ領に行くという目的を達成することにした。


――


 <ゴーレム>の能力が強化されました。


――


 そんな時、聞き覚えの無い言葉が脳に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る