第172話 二つの迷走【SIDE:ゴーレム】

 不可解なことが起きた。俺は馬上で揺れながら、ステータスを確認し続けていた。


――


? 男 16歳

レベル1


スキル

<ゴーレム>

経験値残量:860

<身体強化ブロンズ>……使用経験値10。1分間、自身の攻撃力を高める。(+1)

<銀色の爆裂シルバー>……使用経験値50。爆発を纏ったパンチを繰り出すことができる。

<黄金の衝撃波ゴールド>……使用経験値200。遠距離への衝撃波の発生。

<壊れない双璧ダイヤモンド>……使用経験値500。両腕の硬度を上げ、盾とする。

<比類なき豪傑ミスリル>……使用経験値1000。強烈な連撃を放つ。

<最硬にて最強アダマンタイト>使用経験値3000。5分間、自身の硬度を高め、身体能力を高める。


――


 <ゴーレム>の能力が強化されたというアナウンスと共に、俺のスキルが変化したのだ。


「おい。スキルの能力が強化されることなんてあるのか」


「し、知らない。俺はそんな話は聞いたことはないが……」


 俺の後ろを走る元隊長が恐る恐る聞いてくる。どうやら嘘はついていないようだ。


 こんなことは初めてだ。スキルが強化? これは普通に起こることなんだろうか?


 その現象の正体がわからない反面、何が起こっているかはすぐに理解できた。俺のスキルが強くなったのだ。

 <身体強化ブロンズ>の後に、(+1)という言葉が追加されている。これはつまり、<身体強化ブロンズ>が同じ経験値消費量で高い力を発揮できるようになったということだろう。


 当然だが、これは俺にとって嬉しいことだった。<身体強化ブロンズ>で上がる身体能力の幅が伸びれば、さらに戦闘で強い敵を倒せるようになる。


 ――おそらく、あのアルクスという男も、このスキルの強化を繰り返してきたんだろう。だとすれば、あれだけの強さを持っているのも理解ができる。

 まあ、それも本人に聞けばわかることか。今はそれよりも、やることがある。


「……おい」


「な、なんだ?」


 俺が再び元隊長に声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、ひきつった笑みを浮かべた。


「……殺さないことは約束するから、ちゃんと答えろ」


「し、しかし……いや、わかった。恐れるのはやめよう」


「お前の名前はなんだ?」


「私はヴィットだ」


 男が当たり前のように答えるのを見て、俺は少し不思議に思った。


「……なぜだ」


「なぜだ、とはどういうことだ?」


「なぜお前はヴィットという名前なんだ」


 ヴィットは困惑する。こんなことを聞かれたのは初めてなのだろう。


「それは――父が私をそう名付けたからだ。名前というのはそういうものだ」


「……ということは、俺にも名前があるのか?」


 そこまで言ったところで、ヴィットはようやく合点がいったという表情をした。

 俺には名前がない。『ゴーレム』というのは通称だ。


 自分自身を知るために、名前を知ることは大切だ。だが、その糸口がまるで見つからないのだ。


 ヴィットは眉をひそめて唸った後、まるで絞り出すようにして答えた。


「……ある可能性はある。お前の家族が、お前に名前を付けているかもしれないからな。だが――」


 その家族を見つけるのが至難の業ということだろう。


「じゃあ、お前でいい。俺に名前を付けてくれ」


「私か!?」


 突然のことにヴィットは驚いたのか、目を丸くして気恥ずかしそうにする。


「……いや、私には無理だ」


「なぜだ」


「名前っていうのはこう――なんて言うんだろうな。特別なものなんだよ。そうやすやすと付けるものじゃなくてな。だから、お前も大事な人に付けてもらった方がいい」


 俺にその感覚はわからなかった。別に、名前なんて誰が付けても同じだろう。そう感じた。

 しかし、彼の言葉に強烈な違和感があったのも事実だった。俺はこの不思議な感覚に無力化され、ただ押し黙った。


「ところで……ゴーレム。お前はどうしてツンベルグ領を目指すんだ?」


「決まっているだろ。マシューが俺を使って何をしようとしていたのかを知るため――」


 そこまで言いかけて、俺は気づいた。

 そうだ、こいつは元々マシューの手下なんだから、こいつに聞けばいいじゃないか、と。


「おい答えろ。俺は何のためにマシューに飼われていたんだ?」


 ヴィットは一瞬視線を逸らし、黙秘しようとしたが、俺に殺されるかもしれないと思ったようで、ため息を吐いて喋り始めた。


「……わからない。私はただ、お前の監視をするように言われていただけだからな」


「使えないな」


「使えないって言うんじゃないよ。……そうだ、私は詳しくは知らないが、マシュー様はお前と同じように、奴隷の子どもを何人も集めていた」


 それは俺も過去に見たことがある。マシューは子どもたちの選別の中で俺を見出したのだ。


「あれは、お前のような特別な子どもを選ぶためにやっていたというが――お前以外に、もう一人選ばれた子どもがいたらしい」


「俺以外の――特別な子ども?」


 初耳だ。そんな奴がいるのか。

 特別、ということは、おそらくそいつも特別なスキルを持っているのだろう。だとしたら、俺のスキルの正体を知るのに、役立つかもしれない。


 やはり、真実に近づくためにはツンベルグ領に行く必要があるようだ。


「おいヴィット。目的地に着いたら、その特別な子どもがいるところまで案内しろ。ついでにこの馬を速く走らせる方法も教えろ」


「あーもう、注文が多いな! こっちはおっさんなんだよ、酷使すんな!」


 ヴィットは大きくため息を吐き、面倒そうに馬を鞭打った。

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