第170話 第二段階へ

「でかしたよアンタたち! 今日は宴さね!」


 ミラさんが上機嫌に言い放つ。彼女が大喜びの理由は――目の前に積まれた大量の食材だった。

 それらはツオドトスの兵士たちに用意させたもので、彼の反省具合がよく伝わってくる。


 俺とライゼは、ツオドトスを降参させた後、食材を用意させ、ミラさんの家に帰ってきたのだ。


「ライゼの料理は絶品だからね。これが全部美味しく調理されると思うと、今からワクワクが止まらないさね!」


「……ところでミラさん。初日の評価はどうでしょうか?」


「ん? そんなの合格に決まってるさね! 100点満点あげちゃうさね!」


 ミラさんの快い合格認定に、俺たちは胸を撫で下ろした。どうやら、やったことは間違いなかったらしい。


「一応、聞こうかね。アタシがしたアドバイスの成果を」


 俺たちは、さっきのツオドトスとの戦いで実行したことを説明した。

 まず、俺が貰った『よく観察する』というアドバイス。これがもたらした効果は大きく二つある。


 一つは、ツオドトスがミラさんに化けていたのを見破ることができたこと。彼女の特性をよく見極めなければ、またこの森の罠にかかっていただろう。


 もう一つが、<スライジング・ツインバースト>を生み出すときに役立った、二つの魔法陣が錬成の時間を短縮してくれるということ。

 これは半分ライゼのアドバイスが活きたというのもあるが……自分の中で理解することができなければ、あの咄嗟で機転は利かなかっただろう。


 そして、ライゼが貰った『直感を信じる』というアドバイス。これはベヒーモスとの戦いが顕著だ。

 彼女はそのアドバイス通り、直感を信じた動きでベヒーモスに上手く応戦した。これが上手くいったことは、彼女が一番よく理解しているだろう。


 さっき起こったことを説明すると、ミラさんは上機嫌にうんうんと頷き、最後に破顔した。


「でかしたよアンタたち! しっかりとアタシのアドバイスの内容を理解して、実行に移した。これはなかなかできないことさね!」


 ミラさんはそう言って、テーブルの上に置かれていた空いている酒のビンに口を付ける。

 そして、ぐいっと酒を飲み干すと、豪快に息を漏らし、俺たちを指さした。


「よし、アンタたちの修行を第二段階に進めるさね!」


「「第二段階?」」


「そうさね。今回のアタシの指示を完璧に実行できるようになるまで、1か月はかかると思っていたけど……アンタたちは筋がいい。だから、次のステップに進むさね!」


 まだ修行を始めてから1日しか経っていないんだけど……豪胆なミラさんらしい、思い切りのいい判断だ。


「まずはアルクス。アンタはゼインの魔眼を使えるようになるために、明日から灰のダンジョンに一人で潜るさね」


「一人でですか? ……ってことはまさか!」


「その通り。一人で灰のダンジョンを完全に攻略できるまで、毎日壁打ちをしてもらう!」


 攻略班でやっとの思いで倒したあのモンスターたちを、たった一人で……!?

 確か、45層のフェニックスは、人間のレベルに換算すると67。それだけ聞くと大したことないようにも思えるが……その道中には、同じくらい強力なモンスターがゴロゴロいる。


「アンタ、スライムたちがいっぱい仲間にいるだろう? だったらレベルアップも早い。多分、レベル75くらいになれば一人でも攻略できるさね」


「ってことは、俺は明日からずっとダンジョンに籠るんですか?」


「いや、毎日この家に戻ってきて、上手くいったこととそうじゃないことをアタシに報告すること。わからないことがあったら、アタシが改善点を教えるさね!」


 ミラさんのアドバイスの効果は、今日の戦いで身をもって実感した。それを毎日聞くことが出来るなら、強くなるのも早いかもしれない!


「次にライゼ。アンタはアタシと一対一で組手をするさね」


「ええっ!? そんなの勝てるわけ……」


「別に勝てなんて言ってないさね。今日のベヒーモスとの戦いで、近接戦の反省が出来ただろう? それを元に、アタシと戦って、新技を作るさね」


「私の……新技!」


 新技という言葉の響きに、ライゼはあからさまに嬉しそうな顔をする。拳をグッと握り、微妙に小躍りすらしている。


「二人とも、弱点が違うのに同じやり方で修業をしていても意味ないさね。それぞれにあったやり方で強くなってもらうさね」


「「わかりました!」」


 俺たちが快く返事をすると、ミラさんも嬉しそうに頷いた。


「さて、じゃあさっそくだけど、ご飯にするさね! アタシはライゼの作った料理が食べたくて待ちきれないのさ!」


「ミラさんって……食に興味ないんでしたよね?」


「ん? そんなのもう過去の話さね! アタシは何者にも縛られない最果ての魔女。今はもう、ライゼの手料理を全部食べるまで死なないって決めてるさね!」


 この人、200年も生きてるのにまだ長生きするつもりなのか……。

 まあなんにせよ、ミラさんがいい人でよかった。一緒にいて楽しい人だし、アドバイスは的確だ。


 俺はそんな彼女の笑顔を見ながら、明日からの修行に思いを馳せた。



 そして――この後、一か月間にも及ぶ、第二段階の修行が始まる。

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