第169話 相方だろ
俺は治癒スライムたちを総動員して、ツオドトス率いるサルたちを回復してやると、なるべく怖そうな感じで言い放った。
「お前たち、回復してやったからには美味しい食材を持ってくるんだぞ? もしサボったら……」
「も、もちロん! ありガタクやらセてイタダきマス!」
ツオドトスはサルたちに指示を出すと、その場から逃げるようにして必死に食材探しに走った。
スライムたちも撤退したので、広い森の中でライゼと俺だけ。さっきまで百人以上がいただけに、急に静かになった感じだ。
「……とりあえず、俺たちは先に帰るか」
「そうね。食材はあいつらが持ってくることだし……痛っ!」
ミラさんの家に行こうとしたとき、突然ライゼが顔を歪め、その場にしゃがみ込んだ。
「どうした? どこか痛いのか?」
「なんでもない。ちょっと転んだだけ――」
「そんなわけないだろ。見せてみろ」
俺は、その場にうずくまっているライゼの足を確認する。原因はすぐにわかった。
彼女の右足が、ひどく腫れているのだ。彼女の白い足が不自然に一か所だけ真っ赤になっており、見ているだけで痛そうだと感じさせる。
そうか、さっきの戦闘で回し蹴りをした時の傷だ。あの硬いベヒーモスの体を蹴ったから、反動でダメージがきたのだろう。
「お前、なんで隠すんだよ? 今、治癒スライムを出すから……」
「回復はいいわ。でも……」
そう言って、ライゼはなぜか俺の背中にもたれかかってきた。
「……おんぶして」
ライゼが俺の肩に手を回す。その彼女らしくない支離滅裂な言動に、俺はただ困惑した。
「お前……回復はいらないんだろ?」
「回復はいらないけど痛くて歩けないからおんぶしてほしいの! いいから早く!」
唐突なわがままに、俺は不思議に思いながらも、彼女の言う通りにおんぶをすることにした。
彼女の体重を背中に感じながら、俺は帰路につく。
足元に落ちている葉っぱがミシミシと音を立て、俺は一歩一歩と前に進む。木々の隙間から吹いてくる風の音がさらに静寂を感じさせる。
なんでいきなりおんぶなんだ? それに、なんで何も喋らない? 俺はライゼのことが少し怖くなってきたので、話を切り出すことにした。
「それにしても、さっきは驚いたぞ。いきなり前線に出るなんて、どうしたんだ?」
「別に、ちょっとした気分よ。これからは私も前衛としてやっていこうと思ってね」
「そうか? それにしては動きがよかったような気がするんだが……」
「まあ、直接攻撃するとこうやって怪我をするから、まだまだ改善が必要だけどね……意外と私も捨てたものじゃないって感じね」
……会話が途切れた。俺たちは黙ったまま、さらに足を進める。
「……で、どうなのよ」
少し沈黙が続いた後、ライゼが唐突にそう聞いてきた。
「何が?」
「私の前衛はどうだったのかって聞いてるの! ミラさんみたいに百点満点で!」
背中から聞こえてくる彼女の言葉は、どこか焦っているように伝わってきた。
何を考えているのかはわからないが――ひとまず、俺は正直に答えることにした。
「百点だよ。ライゼがいなかったら、ベヒーモスを倒すのはきつかった。だからすごく助かったよ」
「そう? 本当に? 私のおかげ?」
「本当だよ。ライゼのおかげだ」
お世辞でもなんでもなく、これが正直な気持ちだ。それに、彼女が途中でアドバイスをくれたから、<スライジング・ツインバースト>も思いついた。
ライゼはいつも、百点満点で俺と一緒に戦ってくれている。その思いに偽りはない。
その時、ライゼが俺の服をぎゅっと強く握ったのがわかった。
「じゃあ……私は、アンタの相方にふさわしくなれているかしら?」
言葉に覇気がない。そこで、俺は全てを理解した。
ライゼはきっと、自信を失くしているのだ。だから、俺の服を掴む彼女の手は、迷子になるまいと親の手を握りしめている子どもにすごく似ている。
でも……そんなこと、俺にとっては愚問だった。
「当たり前だろ。俺の相方はお前しかいないんだから」
「……本当にそう思ってる?」
「前に言ったろ。お前が俺を、俺がお前を守るって。これからもずっとそうだよ」
そう言ったとき、ライゼの手の力が少し抜けたのが分かった。同時に、彼女の鼓動が背中を通して伝わってくる。
「いつものライゼらしくないぞ。怪我してるからか?」
「……そうね。きっとそう」
ライゼはそう言ってフフッと笑うと、今度は優しく包むようにして、俺に掴まった。
それは、さっきまでの振り落とされまいとしているような感じではなく――安心して、背中にもたれかかっているようだ。
「よーし! 早く帰って、お昼ご飯にしましょう! アルクス、早く戻って、私の足を治して!」
「どっちなんだよお前!」
ライゼが俺の背中で子供のように笑う。そのはしゃぐような笑い声に、俺はどこか心地よさを感じていた。
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