第153話 ノアさんご立腹
「アルクスさん、私に何か言うことがありますよね?」
ある夜、ノアがいつになく神妙な表情で俺に言った。
ここは、ノアの花畑。――正確には、俺の心の中、ということらしい。
俺とノアは、夢の中で時々会うことにしている。行き方は簡単で、俺が望めば必ず夢の中でここに来るようになっている。
「言うこと?」
「はい。とっても大事なことです。まさか忘れてませんよね?」
今日もいつものようにここにやってきたわけだけど――どうもノアの様子がいつもと違う。なんだか怒っているようにも見える。
だが、しばらくノアと関わってきたから、彼女の言いたいことは理解できていた。俺は破顔し、一匹のスライムを出した。
「しょうがないなあ。ほら、持ってきたぞ! 今日はチョコレートがかかったドーナツだ!」
「わあいドーナツ! 私甘いお菓子大好きです!」
ノアは収納スライムのバッグから出てきたドーナツを手に取ると、チンチラのようにモグモグと食べ始めた。
ノアに外の世界の食べ物を運ぶ生活は未だに続いていた。彼女は、俺が持ってきたものはなんでも美味しそうに食べてくれるので、見ていてとても気持ちがいい。
ドーナツを丸ひとつたいらげると、ノアは満足そうな顔になった。これで解決かな?
「ーーいや、そうじゃないですよ!?」
違ったみたいだ。
「ノア、まだ何か食べるのか? いくらなんでも食べすぎじゃ……」
「だから違いますって! なんで食べ物の話をする前提で進めてるんですか!」
ノアは咳払いをすると、改めて話を切り出した。
「私の記憶のことです! アルクスさん、いつになったら私について調べてくれるんですか!!」
ノアが声は空間全体に広がり、花を揺らした。
そうだった。俺は前に、ノアを外の世界に出すと約束したんだった!!
ノアは俺に<人間>のスキルを渡して、代わりに俺の心に入り込んだのだという。その後、手掛かりは一切なかった。
それから忙しくてノアの件は放置してしまっていたけど……思えば、そろそろ手を付けるべき時なのかもしれない。
「悪い悪い、完全に忘れてたよ」
「もう、私のことを餌付けしてる場合じゃないですよ! ここ最近のアルクスさんはいろんな女の子と仲良くなってるみたいですし!」
外の状況を報告すると、ノアは目を輝かせて話を聞いてくれる。だけど、今日は怒りっぱなしだ。
おそらく、ノアはこれまでも、俺が彼女について調べていないことを不満に思っていたんだろう。だが、ここしばらくは英雄闘技会や攻略班の件で忙しかった。だから遠慮をしていたんだ。
都合がいいことに、攻略班の件が片付いたし、退院も無事に済ませることができた。
やるなら、今がベストだ!
「わかった。明日からノアについて調べてみるよ」
「本当ですか!? 次からは食べ物じゃ誤魔化されませんよ?」
「じゃあ、何も持ってこなくていいのか?」
「いえ、次はチョココロネが食べたいです」
貰うものはちゃんと貰うんだなあ。
さて、ノアについて調べるにしても……俺は彼女についての情報をあまりにも知らなすぎる。
「確か、ノアの最後の記憶って、『どこか暗い場所』だったよな?」
「はい。どこか暗い場所で、必死に逃げていました。最後にアルクスさんに出会ったところまでは覚えていますが、なぜ逃げていたのかも、そこがどこかもわかりません」
ヒントが少なすぎるな……これじゃ探すのも一苦労だ。
「他には何か思い出せることはないか?」
「うーん、走ってるときは心臓がドキドキしてた気がします!」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあ、息が切れて喉が渇きました!」
「そういうことでもなくて!」
「……草の臭いがしたような気がします」
「そういうこと!!」
草の臭い。これは重大なヒントだ。暗い場所というのは、どうやら屋外であるらしい。
加えて、俺と出会ってるということは、俺が過去に行ったことがある場所ということ。
つまり、探すべき場所は――
「よし、俺、実家に帰ることにした!」
俺は、出稼ぎのために実家からオルティアまで冒険者になるために上京してきたのだ。
それまではずっと実家で暮らしていた。つまり、ノアと出会ったのはその周辺である可能性が高い。
「きっと、実家に帰れば何かわかる気がするんだ。それに、一度家族の顔を見に行きたいし」
「なるほど……これだけのヒントでそこまでたどり着くなんて、さてはアルクスさんは名探偵さんですね!?」
どっちかと言うと、ノアはちょっと鈍すぎだと思うんだけどね。
とにかく、明日は実家に行ってみよう。馬車に乗っていくだけのお金もあるし、すぐに行くことが出来るだろう。
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