第154話 実家に帰ろう
ノアとの会話を終え、俺は目を覚ました。カーテンの隙間から日の光が顔に差し込んでくる。
ベヒーモスの一件から退院をして、一週間ほどが経っていた。ようやく取り戻し始めていた日常に、俺はしばらく安堵していた。
……が、ノアからの頼みを邪険にするわけにはいかない。俺は身支度を整え、ギルドへ向かった。
冒険者ギルドは今日も人で賑わっていた。テーブル席ではパーティが作戦会議をしていて、かつての自分を思い出す。
『おい! 見ろよ! あれ、アルクスじゃないか!?』
『本当だ! 私、初めてS級冒険者見たかも!』
日常の中でも、俺にはちょっとした変化があった。
それは、俺がS級冒険者になることが出来たということだ。
攻略班として50層まで到達し、ベヒーモスを俺が倒したというニュースはローラの口から王国へと伝えられた。
その結果、俺は飛び級でS級まで昇進することができたってわけだ。
人から尊敬の目で見られることなんてなかなかないから、なんだか気恥ずかしい。だけど、昔と比べて大きな進歩なのは間違いないはずだ。
さて、ギルドに来た理由は他でもない。とある人物に会うためだ。……お、いたいた。
「お待たせ。早いな、ライゼ」
「おはよう。ま、朝は優雅に過ごしたいからね」
俺が今日会う予定だったのは、ライゼだ。彼女はギルドの席で、ゆったりと紅茶を飲んでいる。
ティーカップを満たす紅色の液体が、彼女の瞳の色と重なって見える。カップから手を離すと、ライゼは髪をかき上げて俺を見た。
「で、今日はどのクエストを受ける? ダンジョンもいいけど、今日はこのクエストの報酬がよくて――」
俺が朝ギルドにやってくると、彼女はいつも、掲示板から適当なクエストを選んでくれている。
俺がS級になったことで、受けられるクエストの種類も豊富になった。彼女が持つ依頼書に描かれているモンスターの絵も、以前と比べて強そうだ。
ちなみに、ライゼはまだC級冒険者だ。彼女にもS級昇格の打診は来ていたが、実力でのし上がりたいらしい。
「――で、どれにする? 私のオススメは、こっちの二枚だけど」
「あー、それなんだが……実は、今日はクエストは無しにしようと思ってるんだ」
ライゼは小首を傾げる。俺は彼女に事情を説明した。
「なるほどね、ノアちゃんに頼まれてるってわけね」
ライゼは、ノアの存在を知っている。実際に会ったことはないから、俺の口頭での説明になってしまうわけだが、信じてくれているようだ。
「そういうわけで、俺はこれから実家に帰ろうと思うんだ。しばらくクエストは休みにしたいんだが、いいか?」
「実家……!?」
その時、ライゼがピタリと硬直し、俺を直視してきた。刹那、雷を浴びたようにハッとした表情を浮かべると――
「私もついていくわ」
なぜか、同行したいと言い出してきた。
「いや、ちょっと顔を出すだけだから来なくてもいいぞ」
「嫌! 絶対に行く! 行くったら行く!」
「なんでだよ!? 来ても何もないんだぞ!?」
「だって、私はアルクスの相方よ? 言い換えるとパートナー! つまり、実家に挨拶に行く権利くらいはあるってこと!」
意味が分からない。なぜそこまで俺の実家に行きたがる?
「とにかく、私は絶対行くから! ワープスライム出して! 王都にある美味しいお菓子をお土産に買ってくるから!」
「そこまでしなくていいって! それに、もう出発するぞ!」
「ちょっと待ってなさい! 先に行ったら承知しないからね!」
ライゼはそう釘を刺すと、周囲の冒険者たちの視線を集めながら、全力疾走でギルドから出て行ってしまった。
……一体なんなんだ? ライゼとは気心が知れている自信はあるけど、なぜか時々、彼女のことがよくわからないことがある。
ほとんど一方的に約束を取り付けられたような感じだけど……先に行ったら後でこっぴどく叱られるんだろうなあ。
仕方ない、少しだけ、彼女が来るのを待ってみよう。
それからライゼが戻ってきたのは、一時間ほど後のことだった。
彼女の手には、おそらくお土産が入っていると思われるバッグが握られており、準備は万端なようだ。
「待たせたわね。じゃ、馬車に乗りましょう」
「それもいいんだけど……せっかくだから、空を飛んでいこう!」
俺はそう言うと、二匹のスライムを出した。
新しく手に入れた<スライムクリエイター>の能力を使って……それ!
「創造! 飛行スライム!」
俺が出した二匹のスライムは、白い光に包まれた後、翼を生やした飛行スライムへと変化した。
<スライムクリエイター>は、新しいスライムを作り出すことが出来る能力だ。
俺よりも強いスライムや、実在しないスキルのスライム以外なら作り出すことができる。
それから、<人間>や<アンデッド>、<ゴーレム>などのスキルを持ったスライムを生成しようと試したこともあったが、それはできなかった。
どうやら、ユニークスキル持ちのスライムは作れないらしい。まあ、作る機会はほぼないが。
「よし、飛行スライム、全速力で頼むぞ!」
俺とライゼは飛行スライムの上に乗り、俺の実家がある村の方向――北へと向かった。
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