第152話 三人で歩む未来
夕方になり、再びシエラさんに起こされた俺は、ライゼの家に向かった。
「アル君、こっちだよ!」
シエラさんに手を引かれて家の扉をくぐり、さらに奥に進むと、なにやら賑やかな声が聞こえてくる。
彼女が案内してくれたのは、ライゼの家の食堂だった。そこはまるでパーティールームのようになっており、部屋の中央に用意されている食事を囲むように、人々が集まっている。
そこにいるのは、攻略班の皆だった。戦闘の時に見せる険しい表情とは裏腹に、楽しげな表情で談笑を楽しんでいる。
「アルクス君じゃないか! よく来てくれたね!」
部屋に入って面食らっていると、一番に声をかけてきたのはライゼの父親だった。ぼってりと腹が膨らんでいるのは相変わらずで、俺を見るなりヘコヘコと頭を下げてきた。
この人、ライゼに土下座させられてから妙に丸くなったんだよな。以前俺に向かって怒鳴り散らしてきたときの面影はまるでない。
「お邪魔してます。なんか、大盛り上がりですね」
「なんて言ったって、攻略班の慰労会だって聞きましたから! こんな私でよければ、いくらでもこき使ってください!」
「……親父さん、そんなにへりくだらなくてもいいと思いますよ?」
「いえいえ! アルクス君のためなら、どんなことだってやりますとも!」
本当にどうしちゃったんだろう。もはや別人のような変化だぞ。なんというか、こちらもやりづらい。
「ちょっと、パパ!?」
「はいっっっっっ!!」
その時、ライゼが父親に声をかける。親父さんの背中は針金が通ったようにピンと張り詰め、表情が一気にこわばる。
「ちょっと! テーブルに食事が全然足りてないんだけど!?」
「す、すみません! 全力でやってはいるのですが、全然配膳が追いつかず……私が無能なせいです! 本当にごめんなさい!!」
「そうじゃなくて。量が多いなら私も手伝うからちゃんと言いなさいよ。パパばっかり働く必要なんてないんだから」
ライゼはそう言うと、厨房から食事が載った皿を手に取り、テーブルへと運んで行った。
父親はそれを呆然と見つめている。しばしの硬直の後、俺の顔を見て叫んだ。
「娘がデレた!?」
「違うと思いますけど」
「アルクス君、私、ライゼに平伏するのやめるよ! これからは二人三脚で頑張る父親になることにした! そっちの方がライゼと仲良くなれるような気がする!!」
親父さんはそう言うと、全力疾走でライゼの方へと走って行ってしまった。
……なんか勘違いしているようだけど、結果的に二人の関係は改善しているからいい……のか?
よくわからないけど、俺はこれからの二人に期待をすることにした。
「……ってあれ。シエラさん?」
気が付くと、さっきまで隣にいたはずのシエラさんがいない。辺りを見渡してみると、存外、彼女はすぐに見つかった。
『おい! あそこのテーブル、すごいペースで飯食ってるぞ!』
『すごい! また皿が空になった! 何枚目だよ!?』
賑やかな会場の中でも、一段と周囲が騒いでいるテーブル。そこでは一枚、また一枚と空になった皿が運ばれていく。
そのテーブルにいたのは、シエラさん、ローラ、フランの三姉妹だった。
「皆で食べると美味しいね! 私、ほっぺが落ちちゃいそう!」
「フラン、ほっぺが落ちるとはどういう意味だ? 落ちるのか? 私は落ちたことはないぞ」
「そういう意味じゃないから! それとローラ、ほっぺにソースが付いてる!」
三姉妹は楽しげに会話をしながら、えげつないペースで料理を平らげている。その異様な光景に、俺は思わず圧倒されてしまった。
この姉妹……三人とも大食いなのか!? しかもドが付くほどの!
「あ! アル君!」
その時、シエラさんが俺の姿に気が付いて手を振ってきた。
俺はやや場違い感を覚えながらも、三人の元に行く。
「おにーさんも来てたんだ! パーティー楽しんでる?」
「ははは、まあまあかな……三人とも楽しそうですね」
「うん、アル君のおかげだよ!」
俺のおかげ? と思っていると、シエラさんが続けた。
「……私たち、もう一度やり直してみることにしたんだ。ずっとバラバラだったけど、逃げてばかりじゃ何も変わらないから。時間はかかるかもしれないけど、少しずつ向き合ってみることにしたんだ」
「お仕事があるから、住むのは別の場所だけどね! どこにいても私たちは三人一緒だから!」
フランがにっこりとほほ笑む。彼女の笑顔は、最初に会った時に受けた人付き合いの上手さとは別物の、無垢なものを感じさせられた。
「アルクス。貴様にはどれだけ感謝すればいいのだろうな。貴様のおかげで、私たちは一つになれた」
「俺は別に何もしてないぞ?」
「いいや、私たちがこうして笑い合えるようになれたのは、貴様が私を――私たちを、
ローラはそう言った後、ほんのりと頬を赤らめて笑った。
「私は今――最高に幸せだ」
初めて見たローラの笑顔に、俺は驚きつつも、なんだか嬉しくなった。心がほんのりと温かくなるような感覚だ。
幸せ――か。俺がやってきたことは無駄じゃなかったんだな。
「えー、皆聞いて! 食事の準備が間に合わないから、急遽ダンスを挟むわ! 思う存分、楽しんでちょうだい!」
厨房の方からライゼが声を張り上げると、部屋の一角に音楽団が現れ、美しい音色を奏で始めた。
「アル君! 私と踊ろう!」
呆気に取られていると、シエラさんがダンスに誘ってきた。
「あー! 抜け駆け! ずるい! 私もおにーさんと踊りたい!」
「順番ね! まずは私の番だから!」
どうしよう。勝手に話が進んでるぞ。ダンスなんて踊ったことなんてないんだけどな。
「ねえ、アル君。せっかくだから……誘って欲しいな?」
シエラさんが俺を見つめる。シャンデリアの光に照らされた彼女は、なんだかいつもより色っぽく見える。
頬を朱に染めている彼女を見ると、俺まで顔が真っ赤になってしまいそうだ。ええい、ここは引かないぞ!
「……俺と、踊ってくれませんか?」
「……はい」
シエラさんが俺の手を取って立ち上がった。音楽に合わせて、俺はガチガチのまま動き始める。
えーと、これはどうすればいいんだ? 誘ってみたはいいものの、ここから何をすればいいのか知らないぞ?
困惑していると、シエラさんが耳打ちをしてきた。
「アル君、ダンスのやりかた知らないでしょ」
「知らないですよ! さてはわかってて言ったでしょう!?」
「ふふふ、大丈夫だよ。私がリードしてあげるから、それに合わせてみて。ほら」
シエラさんに促されるまま、俺はぎこちないステップを踏み始めた。
彼女の先導が上手いのか、少し経つと、なんとなく動きの流れが理解できるようになる。
「ねえ、アル君?」
「なんですか?」
「少し前に森の中で、アル君が『私を安心させられるような男になりたい』って言ってくれたでしょ?」
そういえばそんなこともあったな。あの時のシエラさんは、森の緑と瞳の緑色が重なって見えて、風が彼女の髪を持ち上げて――
思い出すだけでドキドキしてきた。そんな俺の反応を見て、シエラさんはくすっと笑う。
「なんで笑うんですか!」
「ごめんね、アル君のそういうところ、大好きなの。ちょっとからかいたくなるところっていうか」
「やめてくださいよ本当にもう……こっちはダンスで精一杯なんですから」
「でもね、安心した」
「安心?」
「アル君はどんどん強くなって、遠くに行ってる気がしたから、いつか私の知らないアル君になっちゃうんじゃないかって。でもね、そういうところを見ると、ああ、私の知ってるアル君だって安心するの」
そんなことを思われていたなんて意外だ。てっきり、昔と変わらず頼りないままっていう評価だと思っていたくらいだったのに。
「私は、強くて頼れるアル君も、上手くできなくても一生懸命に答えてくれるアル君も、どっちも大好きだよ」
「それは……ありがとうございます」
「え? 照れてる?」
「照れてないですよ! ちょっと気恥ずかしかっただけです!」
否定したところで、俺はハッとした。シエラさん、今俺に『大好き』って言わなかったか?
それは人として、という意味なのか、あるいは……いや、そんなわけないよな!? ただいつもの感じで言っただけだよな!?
すごく気になってきた。どういう意味なのか聞いてみたいけど……そんなことをしたらまたからかわれてしまいそうだ。
駄目だ、考えるのはよそう。そうだ、ダンスに集中しよう。音楽に身を任せれば、自然と無心になれるはず。
バイオリンの音色が部屋を包み込み、ダンスは続く。永遠のようにすら感じられるこの短い時間の中、俺は幸せで満たされたこの空間を仲間とともに過ごしたのだった。
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