第150話 最大の一撃

「よし、これさえあれば……!」


「ちょっ……!? アンタ何してるの!」


 ゼインの魔眼を拾い上げようとしたとき、後ろから駆けつけてきたライゼが羽交い絞めで俺を止めた。


「アンタ、さっきローラが暴走したの見てたでしょ! その石に触ったら大変なことになるわよ!」


「違う! 俺に作戦があるんだ!」


 俺が考えた作戦には、このゼインの魔眼が必要だ。


 ゼインの魔眼には暴走するというデメリットがあるが、それに見合うだけの効果も持っている。

 それは、所有者の身体能力や魔力を向上させるというもの。


 俺がこの宝石を手に入れて<スライジング・バースト>をベヒーモスに撃ち込めば、奴を倒すことは難しくても――増援が来るまでの時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。


 ライゼにそのことを話すと、彼女は首を横に振った。


「確かにそれならベヒーモスを倒せるかもしれない! でも、問題はその後! 今度はアンタが暴走しちゃうじゃないの!」


「いや、そうはならない。俺はこの一撃に全ての魔力をぶつける。だから、しばらくは気を失うはずだ」


 これまでも、限界を超えたときに何度か気を失ったことがある。今回も満身創痍だし、魔力を使い切れば間違いなくそうなるだろう。


「俺が気を失ったら、ライゼ、お前が俺の体に触れて暴走状態を解除してくれ。ライゼならできるはずだ」


「……はあ、まったく無茶苦茶な作戦ね。気を失わない可能性だってあるし、ベヒーモスにも効かないかもしれないわよ?」


「止めるか?」


「止めても聞かないでしょ。本当に、付き合わされる私の身にもなってほしいわ……」


 ライゼは大きくため息を吐いたあと、凛とした瞳で俺を見つめ、笑った。


「いいわ。アンタが皆を守るなら、私がアンタを守ってあげる。だから、思いっきりやってきなさい。相棒・・


「……ああ、頼んだぜ!」


 俺は返事と同時にゼインの魔眼を掴み取った。それと同時に、腹の底から様々なものが湧き上がってくるのを感じる。

 これは憎悪だ。全てを破壊してしまいたくなるような、ドス黒い感情。目の前にある物に力任せにぶつかりたくなるような、殺意にも似たような衝動。


 それと共に、全身に力がみなぎってくるのがわかる。俺は体を駆け巡る怒りの感情をベヒーモスに向け、右手を奴の巨体に向けた。


「創造! 飛行スライム!」


 次に俺は、スライムクリエイターで新しいスライムを創造した。

 生み出したのは飛行スライム。空を飛ぶことが出来るスライムだ。背中には天使のような白い翼が生えている。


「飛行スライム! 俺をベヒーモスの真上まで運んでくれ!」


「キュ!」


 飛行スライムは返事をすると、まるでパン生地を潰したように平らな形に変化した。

 側面で翼が動いているから、空を飛ぶことはできるようだ。ということは、これは上に乗れということか?


 俺は恐る恐る、板のようになった飛行スライムの上に座ってみた。

 すると、飛行スライムの翼が急激に速度を上げ、空に飛びあがった!


「キュキュキュー!」


 空に浮かんだ飛行スライムは、そのまま一直線にベヒーモスの方に向かっていく。

 今、ベヒーモスはガーディアンが足止めしてくれているから、動くことができない!


 いける。あとは俺が魔力を上手く練り上げるだけだ!


 なんて魔力だ。川が決壊するように、今にも体を突き破って溢れ出しそうだ。

 まだ魔力を上手くコントロールできなかった頃を思い出す。今にも爆発しそうなこの魔力の流れを、俺は制御しなくてはならない。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ガーディアンの防御を突破できないことに苛立ったのか、ベヒーモスが咆哮を上げる。とにかく力強い。奴を打ち破ることの困難さを物語っているようだ。


「だけど――俺だって負けない!」


 肌を突き刺すような電流の感覚。光のような速度で突き進む稲妻。山をも穿つような雷鳴。

 俺はそれをイメージした。想像は少しずつ現実へと歩みをはじめ、俺の心を今にも駆け抜けそうだ。


 まだだ。もう少し。ベヒーモスの真上に重なったタイミングで、最大限の一撃を放ってやる。


「グオオオオオオオオオオ!!」


「チッ、三十秒! これが限界だ!」


 その瞬間、ベヒーモスが足を勢いよく振り落とすと、ガーディアンが押しつぶされてしまった。おそらく鉄壁スライムの数が切れてしまったのだろう。


 ガーディアンがいなくなったことで、ベヒーモスが再び進行を始めてしまった。地面の揺れが大気を震わせ、風になって伝わってくる。


 だが――これでいい。


 準備は完了だ。俺は今、ベヒーモスの真上に到達することが出来た!


「教えてやる! これが弱者の、本当の強さだあああああああああああ!!」


 俺が叫んだ瞬間、ベヒーモスの真上に巨大な紫色の魔法陣が生成された。同時に、まるで大木の幹のような巨大な雷が、俺の手のひらから射出される。


 半径十メートルはあろうその雷鳴は、青白い光を放ちながらベヒーモスに直進していき、激しい轟音を鳴らす。

 一瞬のうちに雷がベヒーモスの体を貫き、山のような巨体が足元から崩れていく。


 ベヒーモスが絶命して倒れると、爆風のような地鳴りが草原一帯を揺らした。


 ――やった。ベヒーモスを倒すことが、できた。


「よし、これで――」


 そこで、俺は頭がふらつくのを感じ、飛行スライムの上で膝をついた。

 どうやらここまでのようだ。体力も魔力も、すっかり空になってしまった。あとは、皆に任せよう。


 俺はそこで気を失い、飛行スライムに身を任せた。

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