第148話 緊急事態

「ちょっとこれどうすんのよ!? あのおっさん、踏みつぶされちゃったわよ!?」


「マズい! テイマーがいない今、ベヒーモスをコントロールできる者はいない!」


 ローラが急いで臨戦態勢に入ろうとしたその時、彼女は地面に膝をついてしまった。


「……そうか! さっき毒を食らったから!」


 足取りがおぼつかないローラに、シエラさんが肩を貸し、こっちに運んでくれた。


「待ってろ! 今、錬金スライムで解毒剤を作ってやるからな!」


「助かる。……だが、私が戦線に復帰したところで解決にはならない。ワープを使って逃げろ。そして、この状況を国に伝えるのだ」


 その意見には頷くほかなかった。

 以前、40層でベヒーモスと戦ったからこそ、その恐ろしさは実感している。おまけに、大きさは比べ物にならないほどだ。


「ほらアルクス! 早くワープスライム出しなさい! ボサッとしてると踏みつぶされるわよ!」


 ライゼに促されるまま、俺は急いでワープの準備をする。これはさすがにどうにも――


「待ってください! あのモンスター、どこかに向かってますぅ!」


 その時、ルリカさんが声を上げた。見てみると、ベヒーモスが爆発のようなボリュームで叫びながら、移動を始めている。


 ……って、あっちはオルティアがある方向だぞ!?


「なんでベヒーモスがオルティアに向かってるんだ!? ゲルダはもう死んだはずなのに!?」


「……待って! 違う、ゲルダはベヒーモスをオルティアにけしかけるって!」


 そこで俺たちは思い出した。ゲルダが言っていたことを。


『こいつの動きを止めてほしければ、この私に降伏しろ! さもなくば……まずはこいつをオルティアに仕向けて、街をぶっ潰してやろうかな!』


 つまり、ベヒーモスの命令はそこまで有効だった。ベヒーモスは、ゲルダの命令に従ってオルティアに向かっているのだ。


 だとすれば……状況は大きく変わる。

 こいつを野放しにすれば、オルティアの人に被害が及ぶ!


「駄目だ、こいつはここで止めないと!」


「無理に決まってるでしょ! よく状況を考えなさいよ、40層の時とは訳が違うのよ!?」


 ライゼに止められて、俺は改めて周りを見た。


 攻略班の皆はボロボロ。ローラは今にも気を失ってしまいそうだ。どう考えたって、勝てるような状況じゃない。


「だけど、やるしかないんだ! じゃなきゃ、オルティアが大変なことになる!」


 もはや、ここから逃げることは選択肢にない。俺は地響きを立てながら進むベヒーモスを見た後、くるりと振り返った。


「ルリカさん! ワープでモントロリアに行って、救援を要請してください! ここは俺が何とかします!」


「わ、わかりましたぁ!」


 ルリカさんが<ワープ>持ちのメンバーと一緒に王都へ向かう。

 これで準備は整った。あとは……俺が戦うだけだ!


「うおおおおおおおおおおお!!」


「アルクス! 待ちなさい!」


 俺はライゼの制止を振り切って走り出した。剣を引き抜いて、ベヒーモスの足に向かって勢いよく斬りかかる。


 しかし、刃が届く前に、俺は奴が生み出した地響きに体勢を崩され、地べたに倒れこんでしまった。

 視界が霞む。地面に這いつくばる形で、俺はようやく自分の状況を理解した。


 さっきの戦いでかなり消耗してしまった。そのことを自覚してから、体にどっと重さがのしかかってきたような感覚が襲ってくる。


「クソ……何もできないっていうのか!?」


 立ち上がろうとするが、力がさっぱり出そうにない。

 現状は痛いほどに理解できていた。ベヒーモスは俺たちのことなんか気にも留めていなくて、俺はそんな奴を前にひれ伏すことしかできない。


「なんで……俺はいつも、何もできないんだ!」


「そんなことないよ!」


 俺の叫びを遮ったのは、シエラさんの声だった。彼女は地響きに耐えながら、こっちに駆け寄ってきた。


「アル君は何もできないわけじゃない!」


「シエラさん……」


「アル君は、私の人生を変えてくれた人だよ! アル君のおかげで、私も、ローラも、フランも、ライゼちゃんやイレーナさんだって前を向けたんだよ!?」


「でも……俺じゃあいつを倒せない! このままだと街の人が危ないのに!」


 その時。俺の体を柔らかい感覚が覆った。

 シエラさんが俺を抱きしめたのだ。


「私もいるよ」


 鼻腔に流れ込んでくる甘い香り。全身を包み込む、優しい温かさ。シエラさんの心音が伝わってくるようだ。


「アル君は一人じゃない。私がついてるから。どれだけアル君のこと見てると思ってるの? アル君は、ずっと一人じゃ何もできなかったじゃない」


 そうだっけ。今はもうだいぶ昔のことに感じるけど……シエラさんは、ずっと一人だった俺を気にかけてくれていた。


「一人じゃないってことは、アル君が私に教えてくれたことだよ。だから、アル君も私たちを頼って。私たちは、一緒に戦ってる仲間なんだから」


 俺は、痛む体をゆっくりと起こし、立ち上がった。ベヒーモスはこの間にだいぶ離れ、背中も遠くなってしまった。


 だが――さっきよりも近くにすら感じる。シエラさんのおかげだ。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 俺はシエラさんにお礼を言うと、改めてベヒーモスを見据えた。


「……皆! 力を貸してくれ!!」


 俺は天高く手を伸ばすと、大きな声で叫んだ。


 そうだ、俺は一人じゃない。だからこそ、俺にしかできないやり方で、あいつを倒してやる!


――


 <スライム>の能力が進化しました。


――

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