第147話 嵐の再来

「これで一件落着って感じね」


 三人が抱きしめあっている中、ライゼが俺に話しかけてきた。

 言われて見てみれば、ローラの足元に赤い光を放っている石ころがある。あれは間違いなく、ゼインの魔眼まがんだ。


 ローラの暴走を止めることが出来た。シエラさんとローラの関係も元通り。ダンジョンの最深部まで行くことが出来た。


 ……あれ。ひょっとして、すごくいい感じなんじゃないか? 問題は万事解決だし、大きな怪我をした人もいない。


「やりましたねアルクスさん! これでミッションコンプリートです!」


 エレノアが嬉しそうに俺の近くに駆け寄ってくる。

 彼女の言う通り、全ての問題が解決した。あとはオルティアに戻って、怪我人を治療して――


「待てよ。何かを忘れている気がするんだが……」


「ハハハハハハハ!! 素晴らしい、素晴らしいぞ!!」


 俺の嫌な予感が的中するようにして、草原に下品な笑い声が響いた。背筋が凍り付くような悪寒が走る。


「一度は攻略班のリーダーを追放された。ローラにも裏切られ・・・・、ダンジョン内を引きずり回されたが……私はここに戻ってきた!!」


 声を上げていたのは血まみれのゲルダだった。暴走状態のローラに武器として扱われていたゲルダは、半狂乱になって騒ぎまくっている。


「おい! 何を言ってるんだ! 大人しくしろ!」


「黙れカスども! 私はお前らなんかよりもずっと聡明で、ずっと人望があって、ずっと運を持っているんだよ! なぜなら神に愛された存在だからな! ハーハッハッハッハ!!」


 本当に何を言っているかわからない。イカれたおっさんの独りよがりな話に、俺たちはうんざりとしていた。


「フン! どうやら何も気付いていないようだな! だからお前らはマヌケなんだよ!」


「さっきから何の話をしてるんだ!?」


「今教えてやる! いや、見せてやると言った方が正しいか。私が神に選ばれた英雄であるという証拠をなあ!!」


 そう言うと、ゲルダは下卑た笑いを浮かべながらローラたちの方へ走り出した。ヘッドスライディングで彼が手を伸ばしたのは――


 ゼインの魔眼だった。


「あっ!? 何やってるんだお前!!」


「ハハハハハハハ!! ついに条件が揃った! 北の草原エリア、魔力を増幅させる宝石! そして、神の才能を持つ私!」


 ゲルダは意味不明なことを言うと、地面に手を付けた。


「いでよ! ベヒーモス! 我がしもべとして、この地上に現れよ!!」


 ゲルダが触れている地面を中心に、赤い魔法陣が展開される。

 次の瞬間、俺たちの足元が激しく揺れだした。


「なにこれ!? 地震!?」


 ライゼが身構える。揺れは俺たちの足元に直接伝わってくるようで、徐々にその激しさを増していくのがわかる。


「違う! これは地震ではない! 貴様ら、警戒しろ!」


 ローラが叫んだその時、俺たちの視線の先――少し遠くに、山が出現した。

 意味が分からなかった。山が現れるなんてありえないことだ。しかし、そうとしか表現できないのも事実だった。


 ダンジョンよりも大きいような大きな山が、まるで植物が生えてくるように地上に隆起してきたのだ。そして、さらに大きく、天高く伸びていく。


「あれは山じゃないわ――ベヒーモスよ!!」


 ライゼに言われてようやく理解した。

 あれはベヒーモス。それも、ダンジョンで見たような小さな・・・ものではない。おそらくあれが、成体の姿なのだろう。

 体長は優に40メートルを超えている。圧倒的なスケールだ。地表に出るなり、大きな声で咆哮した。


 忘れていた。ゲルダはテイマーだ。おそらく、自分の魔力を増幅させて、この地下に眠るベヒーモスを呼び起こしたのだろう。

 竜種が大量発生していた理由は、このベヒーモスに呼び寄せられていたためだ。ゲルダはそれに気づいていた。


「ハハハハハハハ!! どうだ! これが私の本当の力なんだよ! 恐れ入ったか!?」


 これは――あまりにもシャレにならない。こんなモンスターに暴れられたら、辺り一帯どころか、この国一体がぺしゃんこだぞ!?


「こいつの動きを止めてほしければ、この私に降伏しろ! さもなくば……まずはこいつをオルティアに仕向けて、街をぶっ潰してやろうかな!」


 ベヒーモスを背に、ゲルダが首を掻っ切るしぐさをした。

 かなり腹立たしいことだが、これはさすがに従わないと駄目だ。皆かなり消耗しているし、奴を刺激したらひとたまりもない。


 そのことにはローラも気付いているらしく、苦しそうな顔をして前に出た。


「……わかった。ゲルダ、私たちの負けだ。降参するからベヒーモスを止めてくれ」


「ローラぁ! どの面を下げてそんなことを言っている!? お前は私を裏切ったんだぞ!?」


「それは貴様が……いや、なんでもない。私は何をすればいい? 何をすれば、許してくれる?」


 ローラが苦虫を嚙み潰したような表情で屈服すると、ゲルダは下卑た笑いで仁王立ちをする。


「じゃあ、まずは地面に額をこすりつけて謝ってもらおうかな。その顔面を私が踏みつけてやる。ちょうどこんな風に――」


 ゲルダがほくそ笑みながらローラの顔を踏むしぐさをしていると――彼の体に巨大な影が落ちた。


「――え?」


 ゲルダが振り返ったその瞬間、彼の体が潰されたのだ。

 あまりの一瞬の出来事のために、俺たちは息を呑んだ。上を見ると――ゲルダを押しつぶしたのは、ベヒーモスの足だった。


「ゲルダが――踏みつぶされた?」


「まさかあいつ、ベヒーモスを起こしただけで、完璧にコントロールなんてできてなかったんじゃ……」


 ライゼの読みが当たりだと言うように、ベヒーモスの咆哮が響き渡った。

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