第146話 姉妹の打ち合い

 シエラさんが神妙な面持ちで剣を構えると、ローラが噛みつくような勢いで飛び掛かった。

 火花のような急襲。動きは鈍くなっているが、それでもそこらのモンスターよりはだいぶ速く、加えて荒々しい。


 ローラが剣を大きく振り下ろす。滝のような勢いの一撃に、シエラさんは――


起動アクティベート!」


 素早く対応し、魔剣で一閃した。二つの刃が交じり合ったと同時に、魔剣が爆発する。 

 その爆発は雷を纏っており、ローラの体を襲う。魔剣に付与された雷魔法の効果が発動したのだ。


 その威力はローラ相手でも十分なほどで、雷を浴びたローラは、一瞬動きを止めた。


「うああああ、ああああ!」


 慟哭にも近い声を上げたローラは、危機を察知したのか後ろに下がる。態勢を低くすると、シエラさんを睨み据えた。

 シエラさんはその隙を見逃さない。腰に携えた赤い剣を手に持ち変え、さらに前進する。


 ローラも負けじと向かっていき、嵐のような斬撃で畳みかける。

 シエラさんはそれを冷静に弾き返していく。刃が交じり合い、金属音が草原に響き渡っていく。


起動アクティベート!」


 再び、シエラさんが魔剣を爆発させる。剣から炎が噴き出し、ローラの体勢を崩す。

 

「うああああああああああ!!」


 炎を浴びて、ローラはさらに苦しそうに声を上げた。かなりダメージを受けていることには間違いない。


 一見すれば、シエラさんがかなり有利な立場にあると思える。しかし、その実はそうではない。

 シエラさんが持っている剣は、青い剣一本だけになってしまったのだ。魔剣は爆発させれば粉々になってしまう。つまり、剣がなくなればシエラさんは戦う術がなくなってしまうのだ。


 今から剣を渡しに行くのは危険だ。だから、シエラさんが剣を失った時点で、俺が前に出て戦うしかない。


 ――その時はもう、ローラに本気で攻撃をしないといけない。もうその段階まで来ているのだ。


「うああああ! あああああああ!!」


 痛みに苦しみあえぐようにして叫ぶローラ。シエラさんは静かに彼女を見つめると、最後の一本の剣を手に取った。


「……苦しいよね。ローラ、お姉ちゃんがなんとかしてあげるから」


「うあああああああああああああああ!!!」


 これまでで一番苦しそうな声を上げたローラ。彼女が握った剣から、白い光が放たれていることに気が付いた。


「あれは――<青天飛翔せいてんひしょう>!」


 ローラの最大の必殺技だ。まだあれを使うだけの力が残っていたのか!?

 あれを食らえば、シエラさんがひとたまりもない。マズい、今すぐ下げないと!


「シエラさん!」


 声をかけた時に気が付いた。シエラさんは一歩も退く様子を見せていないということを。


「それがローラの本気なんだね。だったら――お姉ちゃんも、本気を出すよ。たった一つだけ、身についたこの技で」


 ローラの剣の白い光が爆発的に大きくなっていく。シエラさんは息を大きく吸い、ローラを睨み据えた。


「うあああああああああああああああ!!」


「<鎧袖一触がいしゅういっしょく>!」


 それは、一見すればただ剣を振り下ろしているだけかもしれない。

 だが、ローラが向かって来る様子をしっかりと観察し、ベストなタイミングで放たれたその一撃は、技としか言いようがなかった。


 氷を纏った斬撃は、爆発とともにローラの剣を宙に舞い上げた。ローラの剣が青々とした空に吸い込まれるように踊る。

 シエラさんは、素手になったローラに向かって走り出すと――


 ――思いきり、抱きしめた。


「ごめんね、ローラ。辛かったよね。私が逃げた後も、ローラはずっと戦ってたんだよね」


「あああああああああ、あああああ!!」


 暴れるローラを、シエラさんはぎゅっと抱きしめた。それはまるで、怪我をした獣を優しく癒すような、慈愛に満ちた行為だった。


「お姉ちゃん!」


 次いで、フランが後方から走り出し、ローラを抱きしめる。草原の真ん中で、ローラを中心にして三人が抱きしめあっている。


「私はローラのことが大好きだよ。これまでも、これからも。もう絶対に逃げ出したりしない。だから、もう苦しまなくていいんだよ」


「…………わたし、は」


 その時、ローラが震える声で絞り出した。シエラさんとフランがハッと彼女の顔を見つめる。


「私は、大丈夫、だろうか。私が、関わったら、幸せを奪って、しまわないだろうか」


 ローラは泣いていた。肩が小刻みに震えているのは、暴走状態だからではない。


「父さんは、姉さんがいなくなったのは私のせいだと言った。私が幸せだったせいで、姉さんの幸せを奪ってしまったと」


「そんなことないよ! だって……こうして三人でいることが、何より幸せなんだもん」


 涙を流しながら言ったシエラさんの言葉にローラは抱擁で返した。三人の嗚咽だけがさざ波のように響き渡る。


「……そうか。私は、幸せになってもいいのだな」


 俺はふと、空を見上げた。澄み渡った青空で、一羽の白い鳥が風を切っている。

 その鳥は、どこまでも自由に、悠々と、地平線の果てへと飛んで行ってしまった。

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