第141話 解放と救済

「今ならまだ何とか抑えられる。貴様の持っているその剣で、私の心臓を刺してくれ」


「出来るか! そんなこと!」


「頼む! そうして欲しいんだ! 私はもう……誰かの幸せを奪いたくない!!」


 そうだ、こいつはいつもそうだ。自分は他人の幸せを奪うなんて、平気でそんなことを言いやがる。

 悔しいけど、お前がこの一瞬で出した判断は合理的だ。俺たちは冒険者だ。ダンジョンの物に不注意に触って、仲間を傷つける可能性があるのなら、殺すのが最適解だろう。


 ――でも、それでいいのか!?

 ローラはいつだって、他人の幸せを優先してきた。だったらこいつはいつになったら幸せになれるんだ? ダンジョン攻略に付き合わせて、危険になったら殺して終わりか?


 そんな結末で、いいわけがないだろ!


「ローラ! 俺が、お前を解放したすけてやる! 絶対だ!」


 刹那、ローラが俺に拳を振り上げてきた。速い。俺は咄嗟に回避し、神殿の外へと出る。


「皆、ローラが大変なことになった! 一旦<ワープ>を使ってダンジョンの入口に行ってくれ!」


「あ、アルクスさんはどうするんですかぁ!?」


「俺はローラと戦って時間を稼ぐ! だから皆、早く!」


 俺の指示を聞き、<ワープ>を持っているメンバーがゲートを作り出す。メンバーたちが一人ずつ、そこを潜って外へ出始めた。

 一方、自我を失ったローラは、腰に手をやり、剣がないことに気が付くと――


 ――足元に倒れていたゲルダの足を掴み、棍棒のように振り回し始めた。


「さ、私たちはローラの足止めをするわよ!」


 ローラの方を睨み据えていると、俺の横にはライゼが並び立っていた。


「ライゼ! お前は皆と一緒に戻れ!」


「嫌! どうせアンタだってローラの言うこと聞かなかったんでしょ。だったら私も聞かない。アンタは私がバックアップする!」


「ああそうかよ! だったら任せたぞ、相棒!」


 皆が避難している間も、ローラはこちらにゆっくりと歩いて近づいてきている。足取りは、酒を飲んだ後のようにふらふらとしていて、彼女の理性が失われてしまったことを痛感した。


「来るわよ! アルクス、ローラなんて倒しちゃいなさい!」


 ローラが地面を蹴り、とてつもないスピードで肉薄してくる。これまで見てきた彼女のどの動作よりも機敏だ。

 速さに驚いていた刹那、ローラが仕掛けてきた攻撃は、ゲルダのジャイアントスイングだ。


「――ッ!」


 俺はその場でしゃがみ、ゲルダの丸太のような体を回避する。なんて攻撃だ。速さはもちろんだが、人を武器にすることに一切の躊躇がない。

 戦闘能力が高くなっているのは、あの宝石の影響か?


「ローラ! 俺だ! 正気を取り戻してくれ!」


 ローラの猛攻を寸前で躱しながら、俺は必死に訴えかける。一時的に体を乗っ取られているという可能性に賭けてだ。

 しかし、思いとは裏腹にローラの動きが変わる様子はない。これでは効果がないようだ。


 だったら――まずは動きを止めるところからだ!


 ローラの右ストレートを横に逸れて回避すると、俺は回し蹴りを放った。

 ローラは首の角度を変えると、顔と肩で足を挟み込むようにして防御してしまった。思ったよりテクニカルだ。ダメージが入った様子はない。


「ローラ! 聞こえないのか!」


 足を掴まれる前に態勢を整えようとしたとき、俺はあることに気が付き、困惑した。

 ローラが苦しんでいるように見えたのだ。表情が険しくなっており、さっきまで野生の動物のようだった動きは止まっている。


「アル……クス……!」


 ローラが頭を抑えながら、絞り出すように俺の名を呼んだ。まだ彼女の自我は残っているんだ。

 しかし――数秒もしないうちに、ローラは再び俺に攻撃を仕掛けてきた。


「ローラ! 俺だ! 返事をしてくれ!!」


 言葉は返ってこない。ただ、あの一瞬を俺は見逃さなかった。

 なぜ、ローラはあの時だけ俺の名前を呼んだんだ? 自我が残っているなら、今も俺の言葉を聞こえているんだろうか?


 単なる偶然か? いや、きっと何か原因があるに違いない。そこにはあるはずだ、ローラを元に戻すための、重大なヒントが!


「アルクス! 全員の避難が終わったわよ! 私たちもさっさと退散しましょ!」


 後方でライゼが叫ぶと、彼女の足元の赤い魔法陣から黒煙が噴き出してきた。それはもくもくと広がっていき、一分も経たないうちに50層全体を包み込むほどになった。


「ワープスライムを出して!」


「わかった! ただ、その前に!」


 黒煙の中でライゼが俺の袖を引く。俺は上位鑑定スライムを召喚すると、姿が見えなくなったローラを鑑定してみた。

 すると、今まではなかったような――おそらくは、ローラの暴走に関する情報が、俺の耳に止まった。


――


ゼインの魔眼まがん


所有者の身体能力・魔力を増幅させる。


――


 これだ。ローラを狂わせた元凶。あの赤色の宝石の正体の名前は、『ゼインの魔眼まがん』!


「アルクス! 急がないと!」


 できればもう少し情報を得ておきたいが、ローラがこの煙の中から俺たちを見つけ出さないとも限らない。

 俺はワープスライムを召喚すると、目的地をダンジョンの入口に設定した。


 待ってろ、ローラ。お前のことは絶対に見捨てないからな。


 必ず、お前を助けるための方法を見つけて戻ってくる!


 黒煙の向こう側にローラの影を見た。俺はワープゲートをくぐり、その先へと向かった。

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