第140話 下衆の独壇場
「ゲルダ――貴様、なぜここに!?」
「ん? お前たちの後を付けてきたからに決まっているだろうが。お前たちが私の風よけになってくれたおかげで、私はこうして無傷でここまで来ることができた! いやあ、大層ご苦労なことだな!」
ゲルダは心底愉快そうに笑うと、ずかずかと階段を降り、俺たちがいる神殿の入口までやってきた。
俺たちはひたすら唖然としていた。この男の自分本位さと、図太さに。もはや尊敬するくらいだ。
「なるほど、どうやらここがダンジョンの最深部のようだな。50層には神殿がある、と。いやあ、
「は……?」
ゲルダの発言の不可解さに、俺は思わず声を漏らしてしまった。
「ちょっとアンタ、いきなり登場してわけわからないこと言わないで貰えるかしら!? アンタは私とローラが国に報告したからリーダーをクビにされたの! わかったら黙っててくれる!?」
「黙るのはお前だ小娘。私はこれまで攻略班を導いてきたんだぞ? 実績は私の方が上だ。それに――ローラ。お前は私についてくるだろう?」
ライゼを突き飛ばし、ゲルダがローラに向かって手を伸ばした。
「これまで貴様は、リーダーである私についてきた。文句の一つも言わずにな。この前竜種に襲われたときも、お前は私を真っ先に助けに来た。大した忠犬だ。お前はそこの二人組に利用されたんだろう? 今なら許してやるから、戻ってこい」
自信たっぷりのゲルダの問いかけに、ローラは答えた。
「……いや、貴様を攻略班から追放したのは私の意志なんだが」
「……え?」
あまりの即答にゲルダは固まってしまった。
しかしながら、この場で驚いているのはゲルダだけであって――ローラがこれまでゲルダを助けてきたのは、単に攻略班のリーダーだったからというだけで、彼に忠誠を誓っているわけではない。
ゲルダはお粗末にも、そんなことにすら気づいていなかったのだ。そして、それをさも切り札のように出してきた。
当然、そんな取引が通用するはずがない。この一連の会話は、当たり前のことがごく当たり前に行われただけだ。
「えっ……!? ローラ、お前は私にこれまでついてきただろう!? お前が私にリーダーの権限を返すと言えば、全ては解決するんだぞ!?」
「ゲルダ。ずっと黙っていたが、私は貴様のやり方が嫌いだった。アルクスたちのおかげでそこから抜け出すことが出来たんだ。今の立場を退くつもりはない」
バッサリと切り捨てたローラの返答に、ゲルダは膝から崩れ落ちてしまった。
ようやくこいつの心を折ることが出来た――と思っていると、ゲルダの肩が震えているのがわかった。
最初は、ゲルダが泣いているのだと思っていた。しかし、違う。ゲルダは悲しんでいるのではない。怒っているのだ。
「ふざ、けるなぁぁぁぁぁあああ……!」
ゲルダは立ち上がると、ずけずけと神殿の中に入り、俺たちの方へ向かってきた。
「ふざけるな!! ふざけるなふざけるなふざけるな!! 誰に向かって口を利いている!! 私は、私は、この攻略班のリーダーだぞ!?」
「違う! 諦めろおっさん! お前は攻略班から追放されたんだよ!」
「黙れ黙れ! 貴様か!? 貴様とあの小娘がローラを騙しているんだろう!? なんとか言え!」
ゲルダが俺の胸倉を掴んで怒鳴ってくる。腹パンでも入れてやろうかな、と思っていた時。
「二人ともやめろ! ここで争っている場合じゃないだろう!」
「黙れ! もとはと言えばローラ、貴様が……!!」
ローラが仲裁に入った瞬間、ゲルダの視線は一点に釘付けになった。ローラの後ろの、あるものにだ。
「なんだ? その宝石は……?」
しまった、と思った。ゲルダが、台座の上にあった宝石に気づいてしまったのだ。
ゲルダは俺の胸倉から手を離すと、何かに取り憑かれたように宝石がある方へ歩き出した。
「なるほど、それが最深部の宝物ということか! 灰のダンジョンを攻略した者に与えられるレアアイテム。それを国に納めれば、私は勲章を――いや、王族の食客にもなれるかもしれない!!」
「ゲルダ! 頼む、来ないでくれ! 私は貴様を傷つけたくないんだ!」
「ローラ! そこを動くな! その宝石は私が貰う! それさえあれば、私は全てを手に入れられるのだあああああああああああ!!」
ゲルダが宝石に手を伸ばした瞬間、ローラが台座の上にある宝石を奪い取った。苦しそうな表情を浮かべながら、ゲルダの腹に蹴りを入れる。
「ガハァッ!!」
ゲルダは息を吐くと、白目を剥いて倒れてしまった。みっともない姿で倒れる奴を見て、ローラはため息を吐いた。
「頼むから、これ以上がっかりさせないでくれ……」
ローラが手に持った宝石を台座に置こうとしたその時。彼女はとんでもないことに気づいてしまった。
「……あれ?」
「どうした、ローラ?」
「ない。さっき手に取ったはずの宝石が、なくなっている……!?」
彼女の手を見ると、確かにさっきの宝石は姿を消していた。俺は慌てて彼女の足元を見回すが、落としている様子もない。
その時、ローラの体が小刻みに震えているのがわかった。寒さに耐えるような小さな揺れは、少しずつ振れ幅を大きくしていく。
どうしたのか、と聞こうとしたとき、ローラの言葉が耳朶を打った。
「アルクス、私から離れてくれ」
言っている意味が分からなかった。俺は顔を上げ、ローラの目を見て息を呑んだ。
ローラの瞳が、真っ赤になっているのだ。エメラルドのように美しかった彼女の目は、充血したような赤色に変化していた。ちょうど、あの宝石と同じように。
「どういう意味だ!? ちゃんと説明してくれ!」
「……どうやら、さっきの宝石は罠だったようだ。宝石は失くしたわけじゃない。私の手のひらに吸い込まれたんだ。そして、その宝石のせいで――私は、体の自由を奪われている」
あまりに突飛な説明に、俺は困惑するほかなかった。しかし、ローラの苦しそうな顔を見ると、それを信じる以外なかった。彼女がそんな冗談を言うようなタイプではないことはわかっていたからだ。
「落ち着けローラ、その宝石を取り出せばいいんじゃないか!?」
「無理だ。宝石がどこにあるかはわからない。それに、心の内側から得体の知れない憎悪が湧き上がってくるんだ……もう、あと数秒も持ちそうもない。それが過ぎれば、私はこの憎悪に身を任せ、お前たちを傷つけてしまうだろう」
ローラは腰に差した剣を引き抜くと、神殿の外に向かって投げ捨ててしまった。額からは滝のような汗が流れている。
何もできない俺に、ローラは両手を広げ、言った。
「アルクス。私を
あまりにも衝撃的な一言と、彼女の表情が、俺の心を貫いた。
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