第139話 灰のダンジョンの最深部

「45層、攻略した……!!」


 誰かがこぼしたその言葉に反応して、メンバーが一斉に歓喜の声を上げる。剣を納めた俺とローラも、顔を見合わせて互いに勝利を喜ぶ。


「ううううう……だ、誰か助けてくださいぃ……」


 地面からうめき声がしたので見てみると、俺の足元には下半身が倒れていた。

 いや、正確には、倒れたフェニックスの下敷きになったルリカさんだ。小心そうな性格に反して肉付きがいい彼女は、そのむちむちとした足をばたつかせて助けを呼んでいたのだった。


 ルリカさんを救出し、態勢を整えた俺たちは、再び階段を降りる。その先は同じようなダンジョンの構造になっていた。

 普通、ここまで同じ作業を繰り返していたら、辟易としてしまうのが道理だろう。だが、間違いない。俺たちの心は今、これまでにないほどに高鳴っている。


 向かってくるモンスターはさらにその強さを増していき、一人で一体を相手にすることも大変になってきた。

 まだ見たこともないようなモンスターを相手にするのは大変だ。でも、俺はすごく充実感を覚えている。このために攻略班に入ったのだと確信できるほどに。


――


 レベルが55になりました。


――


 おまけにレベルが上がるのも早い。今日の攻略が始まって、レベルは既に3も上がっている。

 次のフロアボスまでに、まだレベルは上がるだろうか。さっきのフェニックスとの戦いを見た感じだと、仲間が一人も欠けないようにするためには、レベルが高い俺やローラが前線を張らなければならない。だとすれば、少しでもレベルを上げておかなければ――


「何を考えている?」


 考え事をしながら歩いていると、ローラが俺に声をかけてきた。


「いや、別に大したことじゃないよ」


「貴様のことだ、どうせレベルのことでも考えていたんだろう」


 しかもバレてるし。


「それ自体は悪いことではない。――だが、これだけは忘れるな。貴様は一人で戦っているわけじゃない。攻略班の仲間はやわ・・ではないぞ」


 そう言われて、俺はハッとした。同時に、考え方を改めた。

 そうだ。俺が守らなくても、攻略班のみんなは俺以上に場数を踏んでいる。俺が心配する必要なんてないんだ、と。


「貴様はいつか、私を解放すると言ったな。そして、言葉通りに私をこんなに楽しい冒険に解放してくれた。本当に――」


「おいおい、なんか死ぬみたいで縁起が悪いな。それは終わった後に言ってくれよ」


「……それもそうだな。では、この冒険が終わった後、貴様に改めて、『ありがとう』を言わせてくれ」


 ローラとの会話を終え、さらに二時間ほど探索を続ける。途中何度か危ない場面があったが、誰も欠けることなく進み続けることができた。


 そして――俺たちは49層を攻略した。


 目の前にあるのは50層へ続く階段。ついに目標の50層だという重圧を前に、俺たちは階段を降り切った。


 そこで俺たちが目にしたもの――それは俺たちの想像をはるかに超えていた。


「これは――神殿?」


 そこにはフロアボスはいなかった。俺たちの目の前には、白い柱の神殿があったのだ。

 あまりの想定外の事態に、俺たちは唖然としたまま固まってしまった。


「フロアボスは、いないのか……?」


 戦闘態勢だっただけに拍子抜けだ。いや、戦わなくていいならそれに越したことはないんだが……。


「……私の目から見ても、何かが潜んでいる気配はありません」


 ルリカさんが神妙な面持ちで言った。ということは、やはり――


「……この層には、フロアボスはいない?」


「……それだけじゃない。よく見てみろ」


 ローラに言われて、俺は辺りを見回した。そこで、これまでとは違うある事実に気づいた。


「ない! 下の階に続く階段が!」


 俺の叫びに、攻略班のみんなもざわつき始めた。いくら探しても、いつもなら階段がある場所に階段がないのだ。

 フロアボスがいない。階段がない。それらから導き出されることはつまり――


「ここが、灰のダンジョンの最深部?」


 その結論に至るのが自然だった。そして、今のところ、それを否定するだけの材料はない。


 となると、気になるのはこの階層にある神殿だった。神殿は古くさびれた印象を残しつつも、未だに綺麗な形を保っている。

 いったいどうしてこんな場所に建物が、と誰もが思っているだろう。俺は興味が湧きつつも、同時に警戒心を高める。


「とにかく、ここで立ち止まっていても仕方ない。あの神殿を調査してみよう」


 戸惑っている攻略班の中で、ローラが口火を切った。剣を引き抜き、慎重な足取りで神殿の方へ向かって行く。

 俺たちも彼女の後に続き、神殿の中に入っていく。建物に壁はなく、屋根を柱が支えている構造だ。ところどころ文様のような装飾がされている。


 中に足を踏み入れた俺たちの目に入ったのは、一つの台座だった。神殿の中心に台座がある。それ自体は特別変わったものではない。

 問題は、その上に乗っているものだ。


 台座の上には、手のひらに乗るくらいのサイズの宝石のようなものが乗っていた。


「なんだ、これは――?」


 色は鮮やかな紅色で、ルビーのようだ。俺たちはおそるおそる、その宝石に歩み寄っていった。


 その時のことだった。


「ははははははは!! まさか50層がこんなふうになっていたとはな!!」


 ここ最近で聞きなれた、醜いがなり声。いるはずのないその人物の声に、俺たちは耳を疑った。


 50層の階段を降りてやってきたのは、元攻略班のリーダーである、ゲルダだった。

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