第138話 45層の不死鳥

 体長は三メートルを超えるほどだろうか。その鳥の体は真っ赤な輝きを放っており、まるで炎が燃え盛っているようだ。

 微細な羽は絶えず揺れ動き、金粉のように細やかに照り映えている。


「アルクス!」


「わかってる!」


 咄嗟のローラの言葉の意味を理解し、俺はすぐに<上位鑑定>を発動した。予想通り、今までに見たことがないモンスターだ。


――


 対象:フェニックス レベル1

 推定討伐難易度:レベル67

 弱点部位:特になし


 炎の不死鳥。攻撃を受けても、肉体が残っている限り何度でも復活する。


――


 推定討伐難易度とは、このモンスターの強さを人間のレベルに換算した数値のことだ。

 攻略班の平均レベルが45くらいに対して、このモンスターはレベル67。人数でこちらが上回っているとはいえ、格上なことには違いない!


「このモンスターは、肉体がある限り復活するらしい! 下手な攻撃だと意味がないぞ!」


「だったら、試してみるまでだ!」


 ローラが剣を構え、フェニックスに突進をかける。前に見たことがある、<鎧袖一触がいしゅういっしょく>だ。

 力強く放たれた一撃が、フェニックスの美しい体を襲う。一瞬の後、奴の体は確かに真っ二つになったはずだった。


 しかし、次の瞬間に不思議なことが起こった。ローラに斬られた箇所が、まるで時を戻したかのように修復してしまったのだ。


「なにッ!?」


 ここまでの修復力は想定していなかった。ローラは声を上げ、素早くその場から離れようと態勢を直した。

 だが、ローラが慌てたのに対して、フェニックスはこの時を確かに待ち構えていた。両方の翼をクジャクのように大きく広げると、そこから無数の火球が現れ、ローラを一斉に襲った。


 火球を直撃でくらったローラは、力いっぱい踏ん張り、足でダンジョンの地面を滑って後退した。やけどを負ったため顔には苦悶の色が見えるが、回復魔法を使えばすぐに治るレベルだ。


「こんな傷、大したことはない! しかし、厄介なことには違いないな……」


 大きく翼をはためかせるフェニックスを、俺たちは見やった。ローラの一撃を受けてなお、奴に変わった様子はない。


「ひとまず、ローラは回復のため下がって! あとは私たちに任せなさい!」


 次に矢面に立ったのは、魔法を得意とするメンバーたちだ。準備しておいた魔法陣をフェニックスの方に向け、一斉に射撃を行う。

 フェニックスはそれらの魔法を全て正面から受けきる。羽がもげ、胴体に穴が空く。魔法は確かに効いているのだ。

 だが、そんな傷も一瞬のうちに癒えてしまい、全く解決にならない。ベヒーモスの時に感じた時とは違う類の手ごたえのなさ。


「ローラ、大丈夫か!?」


「ああ、問題ない。だが、おかしいな……」


 ローラに治癒スライムで回復を施していると、彼女が違和感を示していることに気づいた。


「おかしいって、何が?」


「いくらフェニックスとはいえ、モンスターはモンスターだ。無限に攻撃を受けて無限に回復するなんてことはありえない……」


「つまり、奴にも限界があるってことか!?」


 確かに、奴が無敵のモンスターだったら、最終層でもない45層のフロアボスになっているはずがない。何か弱点があるはずだ。


「……ッ! アルクスさん、わかりました! 魔力・・です!」


 その時、俺の前に立ってフェニックスを凝視していたルリカさんが声を上げた。


「私のスキルは<魔力洞察マナ・インサイト>。空気中の魔力の流れを見る・・ことができます。あのモンスターは、ダンジョンの壁から流れてくる魔力を吸って傷を再生してるんです!」


 なるほど、合点がいった。やはり奴は無限に復活できるわけじゃない。ダンジョンから魔力を吸って、傷ついた箇所を修復しているんだ。


「ルリカさん、何か俺に出来ることはありますか!?」


「奴の体の魔力を流れている箇所……私がそこを叩けば魔力の供給を止めることが出来ます。でも、レベル差がありすぎて近づくことができないんです」


「つまり、俺が奴の攻撃を払えばいいってことですね!」


 ルリカさんが頷くのを見て、俺は一気に前線へと走り出した。突然現れた俺に気づき、フェニックスが高く声を上げる。


 奴が羽をはためかせると、無数の火球が一直線に向かってくる。緋華を引き抜いた俺は、走りながらよく目を凝らした。


「それはライゼとの特訓で慣れてるんだよ!」


 地面を蹴って加速すると、俺をめがけていた火球は地面に吸い込まれて弾けてしまう。相手はモンスター。知能を伴わない攻撃は、容易く避けることが出来る。

 緋華に雷魔法を通し、バチバチと全身に電流を走らせながら斬りかかる。勢いよく振り下ろした一閃は、奴のくちばしと交じり合い、激しい音を立てた。


 さすがに強い。剣を通じて腕がしびれてしまいそうだ。俺の渾身の一撃はいとも容易く防がれてしまった――が。


「まずは一撃!」


 その時、気配を消してフェニックスの背後に回り込んでいたルリカさんが、手に持ったナイフを突き立てて叫んだ。翼に刃が刺さった瞬間、悲鳴にも近い叫びがダンジョン内に響き渡った。


「今ので右翼の魔力供給を止めました! 後3か所です!」


「全員、ルリカをサポートしてくれ!」


 状況を見たローラが号令をかけると、他のメンバーたちもフェニックスに向かって攻撃を開始した。回復が出来なくなったことに混乱しているのか、フェニックスはじたばたと体をよじって暴れる。

 しかし、それはむしろ好都合だ。奴が気がそがれればそがれるほど、ルリカさんが攻撃しやすくなる。


「あと2か所!」


 再びルリカさんの攻撃が炸裂し、フェニックスの動きは鈍さを増していく。俺たちは攻撃の手を休めることなく、奴にじわじわとダメージを与え続けた。

 時間にして約1分ほど。フェニックスの攻撃を耐え抜いていると、ルリカさんが最後の一撃を放った。


「これで終わりです!」


 それは、フェニックスの魔力供給が完全に止まったという合図だった。それをきっかけに、俺とローラが走り出す。


「行くぞアルクス! 一撃で全てを終わらせる!」


「わかってる!」


 剣を構えた俺たちは、奴の懐に向かって飛び込んでいく――!!


「<鎧袖一触がいしゅういっしょく>!!」


「<紫電一閃しでんいっせんほむら!!」


 一瞬の静寂の後、二つの斬撃による爆発が巻き起こる。フェニックスの体は十字に切り裂かれると、爆風に乗せられて地面に落ちてしまった。

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