第136話 決起前夜

 ライゼとローラが帰ってきたのは、その日の夕方だった。攻略班の現状について説明した結果、判断に二日ほど時間が欲しいと言われたらしい。

 それでも、攻略班最強のローラが直接ゲルダの不正を訴えたのは効果が大きかったらしく、二日後には正式にゲルダの解任が決定した。


 俺は今、冒険者ギルドの中にいる。集まっているのは、隣で座っているライゼを除いて、全員が攻略班のメンバーだ。

 彼らの前に立っているのはローラ。予定していた時刻になると、彼女は咳ばらいをして話を始めた。


「……それでは、ただいまより攻略班の会議を行う!」


 ゲルダが解任となった後、リーダーとなったローラが喋り始めると、一気にメンバーの視線が彼女に向けられた。彼女の人望の厚さがわかる。


「我々攻略班は、明日の12時、灰のダンジョンに潜る! 目標は、50層の攻略だ!」


 ローラが宣言した途端、メンバーたちがざわつき始めた。無理もない。これまで時間をかけて1層ずつ進めていたのに、いきなり50層を攻略しようと言い出したのだから。

 しかし、彼女の目標設定は妥当だった。これまで42層で止まっていたのは、ゲルダが遅らせていたからで、現に俺たち3人だけで43層まで到達してしまったわけだ。


「私たちはこれまで、血のにじむような努力をし、数々の修羅場を潜り抜けてきた! 全ては、ダンジョンがどこまで続いているのか、その果てを見るためだ! 今こそ、その果てへと足を進めるとき!」


 一瞬、ためらいの色を見せたメンバーたちだったが、ローラが言い切るころには既に冷静さを取り戻していた。

 むしろ、彼らの瞳には光が灯っており、絶対に目標を達成してやろうという意気込みすら感じさせられる。


「オオーーーーーーーッ!!」


 メンバーたちが拳を高く突き上げ、集会は終わった。彼らの勢いにしばらく圧倒されていると、ローラがやってきた。


「アルクス。今日は来てくれてありがとう。なにぶんリーダーをやるのは初めてだからな。……上手に話せていただろうか?」


「すごかったよ。皆、ローラの言葉に感化されてるみたいだった」


「ありがとう。それでなんだが、アルクスとライゼにも明日のダンジョン攻略に参加してもらう。いいな?」


 もちろん、と俺たちは頷く。それを見て、ローラは再び『ありがとう』と返した。


「当日は、ある程度メンバーと連携をする必要がある。二人の実力については私から伝えておいたから、コミュニケーションも円滑に進むはずだ。明日までに会話をしておいてもらえると、連携がとりやすい」


 ローラは「そうだな…」というと、椅子に座っていた人の中から一人、連れてきた。


「紹介しよう。彼女はルリカ。東の国から来たシノビだ」


 ローラに紹介されたのは、黒髪のお姉さんだった。歳は俺より少し上くらいだろうか。

 彼女がシノビだというのを裏付けるように、彼女は黒いタートルネックを着ており、色白な肌と対比して見えた。


「は、初めまして……ルリカっていいますぅ。一応S級冒険者なんですけど、私なんかまだまだで……」


 今まで見てきた冒険者の中で、一番オドオドとしている。本当にこの人はS級なのか……?


「シノビっていうのは本当なんですか?」


「はいぃ……私は東の国の『アズマ』から来たシノビなんですぅ……行くときは、声をかけてくだされば案内しますのでぇ……」


 ルリカさんは今にも消え入りそうな声で恭しく頭を下げた。シノビってことは、シノみたいに音もなく生物を殺したりするんだろうか。だとしたら人は見かけによらないな。


「私はやることがあるから、あとは任せる。他の班員の紹介はルリカ、頼んだぞ」


「は、はいぃ……わかりましたぁ……」


 ローラがその場を立ち去り、ルリカによる班員たちの紹介が始まった。

 これまで関わってきたS級冒険者がとんでもない奴ばかりだったので、どうなることかと思ったが……意外にも、皆いい奴ばかりだった。


 二時間ほどその場で会話をした後、俺たちは解散し、明日のダンジョン攻略に向けて休憩に入った。



 明朝、オルティアから出た俺たちは、灰のダンジョンへと向かった。

 元々いた<ワープ>持ちのメンバーと協力して、他のメンバーを移動させると、ほんの数分で現場に到着することができた。


「貴様ら、準備はいいな?」


 ローラが全員に言い放つと、彼らは一様に頷き、彼女の後に続く。

 いよいよだ。万全な状態で、ダンジョン攻略に臨むことができる。


「行くぞ!」


 ローラの掛け声を皮切りに、俺たちの灰のダンジョン攻略が始まった――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る