第135話 あいつはシエラさんのことを

「話はこれで終わりだよ。今話したのが、私とローラの関係」


 シエラさんは最後まで過去を話すと、壁にもたれかかったままその場にしゃがんだ。


「……軽蔑したでしょ?」


「そんなわけ――」


「いいよ。私はそれだけのことをしたって、わかってるから。アル君がどう思っても仕方ないよ」


 全てがわかってしまった。シエラさんとローラがどうして距離を置いているのか。ローラが『幸せを奪ってしまう』と言った理由が。


 シエラさんは、実家を捨ててオルティアにやってきた。その結果、ローラが実家の厳しい修行を受けることになったのだ。


 以前、ノアは『強くなる条件は、レベルアップだけではない』と話してくれたことがあった。それからというものの、ローラの強さの源泉はなんなのかと考え続けていた。

 今、その答えが出た。ローラは厳しい修行に耐え抜いたんだ。だからこそ、他の何者にも負けないような強さを手に入れることができた。


「シエラさんは、最初にローラたちに会った時に実家に戻されなかったんですか?」


「うん。私が家を出て、ローラは10歳になった。そこで、ローラのスキルが<完全無欠>だって判明して、私に関わる必要もなくなったの」


 <完全無欠>って……全ての身体能力が100%向上する超レアスキルじゃないか!? そこに厳しい修行が積み重なっているのだから、強いのも納得だ。


「……この街に来てから、ローラがどんな思いをしているか、何度も考えた。実際に体験したからわかるんだ。ローラが苦しんでることなんて、明らかだった」


 シエラさんの手が震える。彼女はズボンの裾を握りしめ、声を振り絞るようにして続けた。


「……でも、戻れなかった。私が一番わかってるはずだったのに。ローラが苦しんでいるのに、自分を優先したの。ローラは私を恨んでる。だって、あの子は笑わなくなって――」


「もういいです、シエラさん」


 シエラさんの呼吸が激しく乱れる。額からは滝のように汗が流れていた。俺は彼女の肩を掴み、落ち着かせる。


 シエラさんは、過去にローラを傷つけたかもしれないことを悔やんでいる。今まで彼女と接してきて、初めて聞いた話だ。それだけ、心の奥深くに隠していたことなのかもしれない。


 だからこそ、今俺に出来る限りのことを、シエラさんに言ってあげないと。


「……ローラはシエラさんのことを恨んでなんかいないと思いますよ」


「そんなわけないよ。あんな酷いことをしたのに……」


「ローラと一緒にダンジョンを攻略して、わかったんです。あいつは人のことが大好きで、どんな人のことも大切にしている。何より、あいつと戦ったときに思ったんです」


 シエラさんが顔を上げ、俺を見つめた。


「ローラが強いのは、過去の辛い思いを乗り越えてきたからです。シエラさんが思うほど、ローラは過去に囚われていない。むしろ、今シエラさんとどう向き合っていくかを考えているんです」


「……それは、アル君がそう思うから?」


「そうです。でも、根拠もあります。ローラは、自分が関わることで『シエラさんの幸せを奪ってしまう』って言ったんですよ? ローラが悩んでいるのはむしろ、自分がシエラさんを傷つけてしまうこと。それくらいあいつは優しいんです」


 シエラさんが立ち上がり、しばらく黙った後、コクリと頷いた。


「まだわからないけど……アル君が言うことなら、信じてみようと思う」


 少しだけ、シエラさんの元気を取り戻すことができただろうか。これがどれだけ彼女の助けになるかはわからないけど、ちゃんと伝えられてよかった。


「そうですよ。それに、実際にローラと喋ってみないとわかりません。今度のダンジョン攻略が終わったらパーティーでも開いて、そこで腹を割って話しましょう」


「ええっ!? それはいくらなんでも早すぎじゃ……」


 途端に焦り出すシエラさん。いつもは冷静な彼女があせあせとしていると、ギャップを感じてなんだかほほえましい。


「おっ! こんなところにいたか、アルクス!」


 その時、誰かが俺の名前を呼んだ。このやかましい声は……


「イレーナ? 久しぶりじゃないか?」


 ピンク髪の少女、イレーナだった。ここしばらく姿を見ていないと思ったら、全く予想だにしない状況でひょっこりと姿を現してきた。


「最近はずっと工房に籠りっぱなしだったからな! これのために!」


 そう言って、イレーナは手にもった緑色の風呂敷を掲げる。その中からは、剣の切っ先のような部分が見えていた。


「それは?」


「この前、緋華を作っただろ? そこで、誰でも扱える魔剣を作ったらどうかと思ったんだ! というわけで、これだ!」


 イレーナが風呂敷を広げると、中から10本くらいの色とりどりの剣が現れた。見た目は普通の片手剣だが、赤、青、黄色と、剣に色が塗られている。


「これは、手に持った状態で『起動アクティベート』と叫ぶと、刃に使われている魔石が爆発して、誰でも魔法が使えるってわけだ!」


 なるほど。剣に魔石を使ったのか。魔石はガラス質だから、長いこと使う剣には不向きだが、使い捨てにすることでそのデメリットを解消したというわけだ。

 これなら魔力を使わずともお手軽に魔法が使える。イレーナ、考えたな!


「これをたくさん売って、あたしは新しい剣を作る! これは全部やるから、実際に使って口コミ? とかいうのを広げてくれよな!」


 イレーナは風呂敷を縛ると、まるごと俺に手渡してきた。ずいぶん気前がいいけど、採算は取れてるんだろうか……?

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