第132話 帰還

 フロア全体を沈黙が支配する。剣を納め、大きく息を吐くローラを見て、俺はしばらく唖然とした。


「ローラ……今の技は……」


「ん? そういえば見せるのは初めてだったな。<鎧袖一触>。一時的に身体能力の限界を引き出して、普段よりも強い一撃を放つことができる技だ」


「使えるのは<青天飛翔>だけじゃないんだな。てっきり技は一つだけかと……」


「そんなことはない。小さいころに剣の修行で技はたくさん習得している。<青天飛翔>はただ使い勝手がいいというだけだ」


 せっかくローラの強さに追いつけている気がしてきたのに……なんだかまた離されてしまったような気がする。ちょっとがっかりした。

 ……とはいえだ。俺たちは無事、大きな怪我もなくベヒーモスを討伐することに成功したのだ。


――


 レベルが52になりました。


 <スライム>の能力が強化されました。


――


 まあ、あれだけの激戦を超えればさすがにレベルも上がるよな。

 能力の強化、と聞いて俺はすぐにステータスをオープンした。


――


 アルクス・セイラント 17歳 男


 レベル52


 スキル


 <スライム>


 『スライムメーカー』……スライムにクラスチェンジを施すことができる。


 ・上位鑑定スライム……スキル<上位鑑定>を持ったスライム。同時に1匹までクラスチェンジ可能。


――


「<上位鑑定>?」


 聞いたことのない言葉に、俺は首を傾げた。


「なあライゼ、<上位鑑定>ってなんだか知ってるか?」


「戦いが終わったと思ったらいきなりそれって……まあいいわ。<上位鑑定>っていうのは、その名の通り<鑑定>の上位互換スキルのこと。<鑑定>よりもより多くの情報を手に入れられるっていう話ね」


 おお、それはいいな。これまでの鑑定は、そのモンスターのレベルしかわからなかったから、いまいち相手の実力を測るのが難しかったんだよな。


「下の階層に進めば、モンスターもたくさん出てくる。それを相手に実験してみればいいだろう」


「そうだな。どんな感じになってるか、楽しみだ!」


 納得したところで、俺たち三人は下の階層に続く階段へと向かう。途中、ローラが足を止めた。


「それから。……ありがとう。私は、貴様らに助けられてばかりだな」


「お礼なんて後にしてくれ。まだ探索が終わったわけじゃないだろ?」


「そうそう。それに、褒めるとアルクスこいつは調子に乗るわよ?」


 俺とライゼの返事にローラはくすっと笑った。俺たちもつられるように笑ってしまう。


「……それもそうだな。目的地は43層だ。気を引き締めていくぞ!」


「「おう!」」


 いける。このペースなら、43層の攻略だって夢じゃない!!



 昼頃、冒険者ギルドにやってきた俺たちは、そこで椅子にふんぞり返るような姿勢で座っているゲルダの姿を見つけた。


「ん……? なんだ貴様らは!?」


 俺、ライゼ、ローラの三人の姿に気づくなり、ゲルダはまた俺たちが悪だくみをしているのだとでも言いたげに、がなり立てた。


 そんな彼に向かって、俺は一つのアイテムを投げ渡した。


「なんだこれは!? モンスターの角……?」


「知らないのも無理はない。なぜなら……これは俺たち3人が43層で倒したイビルペガサスから採取したアイテムだからな」


「よ、43層だと!?」


 ゲルダが激しく取り乱す。この様子はやはり、俺たちが43層に行くと何か都合が悪いといった感じだ。


 そう。俺たちはベヒーモスを倒した後、特に大きなトラブルが起こることもなく、無事に43層を攻略することに成功したのだ。

 今ゲルダに突き付けているのも、43層から取ってきた本物のアイテムだ。それすなわち決定的な証拠。


「ありえない! 私たちの最高到達階層は42層だ! 適当なことを言うな!」


「いや、事実だ。私たちは三人で、43層を攻略した」


 部外者の俺とライゼだけならまだしも、攻略班のローラの口から否定されてしまった。

 ゲルダはハッと息を呑むと、頭を抱えて叫び始めた。


「あああああああああ!! うるさいうるさい!! どうせ出鱈目を言っているんだろう!?」


「出鱈目ではない。鑑定書もある。まあ、見せたところで貴様は難癖をつけるだろうがな」


「ああそうだ! 私は決してそんな話は信じない! それに、そんなものを取ってきたところで何になる? 何の役にも立たないゴミを――」


 そこで、ゲルダはようやくことの重大さに気が付いて動きを止めた。


「貴様が理解したとおりだ。私はこれから、この証拠品を王国に提出し、貴様がダンジョン攻略を遅らせていたことを明らかにする。貴様の立場はもう終わりだ、ゲルダ」


 ローラからの死刑宣告を受け、ゲルダはさらに取り乱した。目は血走り、今にも飛び出そうだ。


「ふざけるな!! そんな偽物の証拠品、私は信じないぞ!」


「お前が信じなくても、国が信じればいいからな。――なあ、ゲルダ。もはやお前は俺たちに何かを命令できる立場じゃないんだよ」


 俺の言葉を聞き、やっと諦めがついたのか、ゲルダは涙とよだれをダラダラ流しながら床に座り込んだ。


「う、嘘だ――私は、そんなこと絶対に信じないぞ――あああああ、あああああああああああああ!!」


 子供のように泣きわめくゲルダ。俺たちはそんな彼に背を向け、ギルドの外に出た。

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