第130話 最強の矛と無敵の盾
「うおおおおおおおおおおおお!!」
声を上げ、ベヒーモスに向かっていく。まずは様子見だ。剣で奴の装甲をぶった斬る!
剣を振り下ろし、奴の茶色の体に斬撃を入れる。岩石のように盛り上がった固い装甲に一撃が入った。
……駄目だ。剣は奴の体に当たった瞬間、高い金属音を上げて弾かれてしまった。
まるでダメージが入っている様子がない。ゴーレム少年と戦ったときのような手ごたえの無さだ。
「下がれ、アルクス!」
ローラの声が背後から聞こえたその時、俺の体に影が落ちた。俺は即座に身の危険を感じ、後退した。
刹那、激しい轟音とともにフロア全体に地響きが起こった。ベヒーモスが丸太のような前足を地面に叩きつけたのだ。
ベヒーモスが前足を上げると、そこにはちょっとしたクレーターが出来上がっていた。なんて威力だ。あんな重さの一撃を喰らったらひとたまりもないだろう。
ベヒーモスから距離を取った俺の隣に、ローラが並び立った。ポーカーフェイスな彼女だが、どこから攻めるか考えあぐねているのがすぐにわかった。
「わかってはいたが、やはり厄介だな……<青天飛翔>でも、奴の鎧を砕くことは無理だろう」
わかり切っていたことだが、ローラが前線に出れば解決という話でもない。
「となると、<スライジング・バースト>しか方法はないか……?」
「あの魔法か? あれは私の攻撃に弾き返されていたではないか」
「違う。あの時は充分な時間がなかったから、威力が出せなかったんだよ。1分だ。1分あれば最大火力で撃てるはず――」
「却下だ。1分も粘ることは不可能だ」
やはり、<スライジング・バースト>は実戦向きじゃない――! 思えば、発動までにかかる時間の問題にいつも振り回されている気がする。
だとすれば、地道に奴にダメージを与え続けるしかないのか? 大ダメージを与えることはできなくても、コツコツ追い詰めることならできるはずだ。
――いや、それだとここから先の攻略にも支障が出てしまうかもしれない。こいつを倒した後には、41層の攻略があるんだ。
でも、ベヒーモスを倒す方法はダメージを重ねていくしかないわけで……ああもう、どうしたらいい!!
その時、ベヒーモスのいる方で数発の爆発が起こった。ライゼの火球が弾けた音だった。
「駄目! 全然効いてないみたい! あれ本当に生き物!?」
ライゼが慌てて声を上げた。やはり、手ごたえはなさそうだ。ベヒーモスは余計に苛立ったように暴れている。
「――仕方ない。アルクス、私たちで奴にダメージを与えるぞ!」
「わかった!」
考えている暇はない。奴を倒すには、地道にダメージを与えるしかないんだ。
俺はシノとトークの二人を召喚し、それぞれ前衛と後衛に振り分けた。
「行くぞ、二人とも!」
俺とローラ、シノの三人は武器を手に取り、ベヒーモスを囲むように位置取った。
ベヒーモスの注意がローラの方に逸れているのを確認し、俺は剣で斬りかかる。
刃と体がぶつかるたびに、金属音が響き渡る。まさに岩を斬っているような手ごたえのなさだ。
「くっ!」
ベヒーモスの注意を引き付けているローラが、奴の前足をひらりと躱し、カウンターの一撃を入れる。ベヒーモスの体にかすり傷のような跡が付いた。
道のりは果てしなく遠い。そう感じざるを得ないが、このまま続ければ少しは――
「伏せろ!」
思考を巡らせているその最中だった。ローラの声が耳朶を打つ。そして、その時には既に遅かった。
目の前に壁のようなものが迫ってきていた。よく見るとそれは丸太のような形をしていて、まるでフロアの中心を軸にして回転するように薙ぎ払われていた。
それは、ベヒーモスの尻尾だった。優に一メートルほどはあるような巨大な尻尾が、すぐ目の前まで来ていたのだ。
「しまっ――!!」
避けようにも、間に合わない。俺は最大限、自分の体を庇えるように、尻尾の衝撃を受け流すようにして後退した。
しかし、想像の何倍も尻尾の威力は強い。俺は胴を高所から打ち付けたような痛みに襲われ、後方へ吹っ飛ばされた。
ズドン、と音が鳴る。俺は壁に叩きつけられたのだ。背中がすごく痛い。
かろうじて最悪のケースは防ぐことはできたが……心は穏やかとは言えなかった。
どんな攻撃も寄せ付けない最強の盾。そして、レベル51の俺の体を軽く吹っ飛ばす最強の矛。ベヒーモスはそのどちらも兼ね備えていた。
何か――何かないのか!? 手あたり次第に可能性を探るが、今の手札じゃどうすることも出来ない。それに、今にも気を失いそうなほどの激痛が全身を駆け巡っている。
「くそッ! まだだ、諦めてたまるか!」
方法はあるはずだ。諦めなければ何か方法は見つかるはずだ。考えろ、考えろ――
その時、俺の視線の先で真っ赤な光が揺らめているのが見えた。
一瞬、ライゼの魔法だと思ったが、そうではなかった。光の正体は炎だ。
そして、その炎が灯っている場所。それは緋華の刃だった。
さっきの衝撃で俺の手から転げ落ちた緋華が、真っ赤に光りながら炎を纏っている。こんなのは見たことがない。
「これは、なんだ――!?」
思考を巡らせると、その答えは意外にもすぐにわかった。
緋華は進化する。きっとこの炎は、その兆しなのだ。
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