第129話 40層の超重竜

 そこからさらに1時間半が経過し、俺たちは40層への階段を見つけることができた。

 さすがにここまで来ると、モンスターを倒すのにもかなり時間がかかる。強さは段違いだ。


 しかし、モンスターが強くなると言うことは、悪いことばかりでもない。


――


 レベルが51になりました。


――


「お、またレベルが上がった」


 モンスターを斬り伏せたとき、脳にレベルアップを告げる言葉が聞こえてきた。

 俺の呟きに反応するように、ローラがこちらを見やった。


「……貴様、レベルはさっき上がったばかりだろうが。そんな馬鹿な話があるか」


「ローラ。こいつはスキルの効果でレベルが上がるのが尋常じゃなく早いの。人間辞めてるものだと思いなさい」


「そうか。私もよく人間を辞めてると言われるから、似たようなものだな」


 ローラは時々真顔でとんでもないことを言いだすので、反応に困る。


「レベルは高いに越したことはない。40層のフロアボスは一筋縄ではいかないからな」


「「えっ!? ローラなら一撃で倒せるんじゃないの!?」」


「貴様らは私のことを何だと思ってるんだ。40層のフロアボスはベヒーモスだぞ」


 その時、ベヒーモスという言葉に反応してライゼが声を上げた。


「ベヒーモス!? ありえない!! ベヒーモスは体長50メートルはあるような大型のモンスターよ!? このダンジョンに収まるわけ……」


「安心しろ。このダンジョンに出るベヒーモスは子供・・だ。せいぜいその十分の一くらいの大きさしかない。……とはいえ、それでもちょっとした山が暴れまわるくらいには危険だ」


 五メートルの竜種のモンスター。キングバジリスクと戦うのも一苦労だったのに、それより強いともなると骨が折れそうだ。


「ベヒーモスの前に小細工は通じない。攻略班で戦うときは、相手に動かれる前に一斉に攻撃して倒すくらいだ。覚悟しておけ」


 俺たちは生唾を飲み込んだ。ローラをしてそこまで言わせるベヒーモスとは、一体どんなモンスターなんだ。

 ここを抜ければ43層攻略はすぐだ。だが、ベヒーモスに勝てるだろうか。そんな高揚感と不安が入り混じった心持ちのまま、俺たちは40層に続く階段を降りて行った。


 階段を降り切った先には、他のフロアボスがいる層と同じように広い空間が広がっていた。

 ――しかし、明らかに違う点がある。部屋の真ん中にいる・・それを見て、俺たちは息を呑んだ。


「なんだ、これ――?」


 一瞬、俺は足を釘で打たれたようにして動けなかった。それほどまでに、目の前の光景は衝撃的だったのだ。

 なんだあれは。話とぜんぜん違うじゃないか。これじゃ、まるで――


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 俺たちを迎えるように叫んだのは、目の前に鎮座するモンスター・ベヒーモス。こげ茶色の体表は岩のようにゴツゴツしていて、山が動いているみたいだ。

 問題なのは、そのサイズ。事前に聞かされていた話では、ベヒーモスは5メートルほどのはずだった。


 しかし。今俺たちの目の前にいるベヒーモスは――明らかに、その倍の10メートルはあるような怪物だった。


「……! 二人とも! 退却するぞ!!」


 俺たちが動けずにいると、ローラがぴしゃりと叫んだ。


「こんな大きさのベヒーモスに遭遇したことはない! 何かが原因で、通常の個体よりも大きいものが生まれたんだ!」


 それは、実に安直で、陳腐な理由かもしれない。しかし、それは言葉以上に大きな意味を持っていた。

 勝てない。ローラはこの一瞬で、そう判断したのだ。圧倒的な体躯を持つこのモンスターを前に、逃げ出すべきだと。


 それも無理はなかった。ダンジョン探索は命がけでやるものじゃない。死んでしまえばそれで終わりだからだ。

 その点、ローラの判断は現実的だった。ここは一度撤退し、次の機会を狙うべき。それは俺にもうすうすわかっていた。


 ――だけど。


「何やってるのアルクス! 早く逃げるわよ――」


「駄目だ! 逃げられない!」


 ローラとライゼが不思議そうな顔をして足を止めた。


 俺は、ここから逃げられない。もし、ここで逃げたら、ゲルダの不正を暴くことが出来ない。

 ローラはずっと、あの攻略班に縛られたままになってしまう。そんなのは駄目だ。


「俺たちで、あのベヒーモスを倒すんだ! なんとしても、超えてみせる!!」


「駄目だ! 貴様死にたいのか!!」


 ローラは全力で俺を止めるように言い放った。それでも、俺は首を横に振る。


「こんなことで貴様らに死んでほしくないんだ!! これ以上失ってしまったら、私は……」


「俺は死なない!」


 俺はローラの目をしっかりと見つめ、言い返した。

 死なない、という言葉に根拠がないと言われればその通りだ。でも、俺には覚悟があった。


 時間にすると、数秒だったと思う。ローラと俺は視線をぶつけ合った。しかし、その間に俺たちは間違いなく、意思を疎通していた。


「……わかった。戦おう」


 ローラが俺から視線を逸らし、ベヒーモスの方を見やった。


「……いいのか?」


「貴様が言い出したんだろうが。……少し前の私だったら、貴様の意見など無視していたさ。だが、今は違う。なぜだろうな、賭けてみようと思った!」


 ベヒーモスが再び咆哮する。俺たちは奴を睨み据え、武器の柄を強く握りしめた。

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