第110話 シエラさんの秘密

「……ということがあったんです」


 シエラさんの家に上がった俺たちは、床に座って事の経緯を説明した。


「なるほど……つまり、アル君は王都モントロリアに行った時にローラとフランの二人に会っていて、今日は攻略班の加入試験で一緒になった、と……」


 シエラさんはうんうんと頷き、ようやく事態を理解してくれたようだ。つい数分前までかなり取り乱していた彼女だが、今は落ち着き、ピンク色のクッションの上に座ってお茶を飲み始めた。


「そういうことです。今度は俺から聞きたいんですけど……」


 ようやく落ち着いてきたので、俺は気になっていることをシエラさんに聞いてみることにした。


「最初に確認なんですけど……シエラさんとローラとフランの三人は……姉妹ってことでいいんですよね?」


「うん。間違いないよ。私が長女で、フランが三女」


「昔は一緒に暮らしてたんだよ! お姉ちゃ――シエラお姉ちゃん、優しかったんだから!」


 シエラさんを背後から抱きしめるフラン。しっかりしているフランが誰かに甘えた態度を出すのは初めて見る。


「もしかして……この前王都に行ったのは二人が関係してるんですか?」


「……うん。隠してたわけじゃないんだけど、アル君には言ってなかったよね。ごめん」


 シエラさんは悲しげな表情で頭を下げると、俺にあの時のことを話し始めた。


「……アル君に護衛を頼んだ日ね、フランから手紙が来たの。お母さんの様子が危ないって」


 危篤状態、という意味だろう。シエラさんはさらに続ける。


「モントロリアを出てからオルティアにずっと住んでたから、お母さんの様子はフランからの手紙でしか知らなくて。でも、病気っていうことは知ってたから、最後に一度会いたいと思ったんだ」


 つまり、彼女が王都の実家に帰った理由は、母親の最期を見るためだったのだ。


「アル君、黙ってて本当にごめんなさい」


「気にしないでください。それより……お母さんの最期には立ち会えたんですか?」


「……ううん。駄目だった。でも、こうなることは覚悟してたから」


 シエラさんは取り繕ったような笑顔で俺に微笑みかけると、クッションから立ち上がった。

 

「なんかしんみりしちゃったね! みんなお腹空いたでしょ、出来てるよ!」


 シエラさんはリビングから廊下に出ると、両手にギンガムチェックのミトンをはめ、大きな鍋を持ってきた。

 同時に、鼻腔にスパイスの匂いが漂ってくる。この懐かしい香りは――


「フランが来るって言うから今日はカレーを作っちゃいました! 腕によりをかけた自信作!」


「やったー! 私、お姉ちゃんのカレー大好き! でも、ちょっと量が多くない?」


「アル君たちが来たから結果オーライだよ! さ、食べようか!」


 シエラさんは、目を輝かせるフランを見てとても嬉しそうだ。俺は床から立ち上がって夕食の準備を手伝った。

 それからみんなで夕食を食べ、王都で暮らしていたころのシエラさんの話をフランから聞いたり、みんなでボードゲームをしたりして楽しんだ。


 シエラさんは終始フランに振り回される形だったが、常に笑顔は絶やしていなかった。

 しかし同時に、俺にはその笑顔があの護衛の日と同じものに見えて仕方なかった。


 シエラさんは、母親が危篤状態なのに、俺を心配させまいと平気なふりをしていたのだ。

 もし、このシエラさんの笑顔が作っているだけなのだとしたら。俺の中でそんな思いがしこりになって残っていた。



 三時間ほど経って、既に時刻は21時を回っていた。もう夜は遅い。


「おにーさんたち、今日は泊っていくでしょ?」


「いいや、今日は帰るよ。いきなり二人も押しかけたら迷惑だし」


「えーっ! いいじゃんいいじゃん! 泊まろうよ~!」


 フランが俺の服の袖を引っ張ってくる。しかし、シエラさんが首を横に振ってフランをなだめる。


「ほら、アル君たち困ってるから。それに、フランもローラもしばらくオルティアにいるんだから、アル君ともまた会えるよ」


「はぁーい。おにーさん、おねーさん、おやすみなさい。また遊ぼうね!」


 フランは潔く諦めて、手を振って俺とライゼに別れを告げた。

 俺たちも挨拶とお礼をして、シエラさんが住むアパートを後にした。


 夜の帰り道。俺はライゼを家に送るために彼女の家に歩いていた。

 珍しく、隣を歩くライゼが静かだ。しばらく押し黙っていると思うと、彼女が突然口を開いた。


「……ねえ、おかしいと思わない?」


「なんだよ藪から棒に。まださっきのボードゲームで最下位だったの根に持ってるのか?」


「ち、違うし! いや、アレも納得してないけどそういうことじゃなくて! シエラさんのことよ」


 ライゼは顎に手をやり、考察交じりの独り言のようにつぶやき始める。


「何がおかしいんだ? 変なところなんて別に……」


「シエラさんはモントロリア出身なんでしょ? だったらなんでわざわざオルティアのギルド職員になったと思う?」


「それは……元々は王都のギルド職員だったけど、仕事の都合で転勤になったとか?」


「だとしたら王都に一度も帰らない理由がないじゃない。それに、思わない? なんで姉妹なのに、ローラが一緒に来なかったのか」


 思えばそうだ。フランが夕食を食べに来るなら、一緒にローラも来たっていいはずだ。言われてみれば違和感がある。


「つまり……シエラさんと二人の姉妹の間には何か秘密があるってことか?」


「そうまでは言わないけど、まあそんなところ。と言っても、私たちには関係ないけどね」


 ライゼは話を終わらせると、控えめに欠伸をした。


「……で、明日からどうする? 攻略班には入れなかったわけだけど」


 ライゼに聞かれて、俺はピタリと足を止めた。

 今日はずっと――ゲルダから罵倒されていた時も、カレーを食べていた時も、ボードゲームをやっていた時も、頭の片隅で、そのことを考えていた。


 ここ最近は、全てが上手く行き過ぎていた。だからこそ、ローラに敗北して悔しかったし、負けたくないと感じた。

 新たな目標が更新されたような気がした。俺はローラを倒したい。そしてなにより、強くなりたい。


「……まあ、聞くまでもないんだけどね。アンタが言うことなんてわかってるわよ」


「「攻略班に入りたい」」


 ライゼと声が重なる。どうやら俺の心はお見通しのようだ。

 俺は攻略班に入って、ダンジョンのさらに深層に行きたい。


 そのために、攻略班がダンジョンに行くまでにローラを超えるだけの実力を手に入れてやる――!

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