第109話 敗戦の先に

「わはははは!! 残念だったなあ! お前らの参加なんか認められるわけないだろうが!!」


 戦いが終わって30分ほどして。ギルドの席に座った俺たちを、ゲルダが嘲り笑った。


「……ねえ、なんでこいつに笑われないといけないのかしら? 私たちって別にこいつに負けたわけじゃないわよね? なんか納得がいかないんだけど……アルクス、聞いてる?」


 横に立つライゼに肘で脇腹を小突かれて、俺はようやく気を取り戻した。

 いけない。ボーっとしていた。原因はもちろん、ローラについてだ。


 攻略班最強の剣士。実際に対峙してみて、その想像を絶する実力に触れることができた。

 ローラの強さは、これまで戦ってきたどの相手よりも上だった。『格上』と言ったほうが正しいのかもしれない。


 剣の扱いはもちろん、体術でも俺の上を行っていた。実際に戦ってみて、俺は彼女に一撃入れることすらできないと悟った。


 ……これが攻略班の世界か。今の俺ではとても、太刀打ちできそうにない。


「これでわかっただろう? もう二度と生意気な口を利かないことだな!」


 ゲルダはさんざん嫌みを言うと、すっきりしたのか、満足したように俺たちに背を向けて歩いて行ってしまった。


「なんなのよもう! 腹立ってきた、私やっぱり文句言ってくるわ!」


「落ち着けって、あいつに何か言っても解決するわけじゃない」


「そういうアンタはやけに落ち着いてるわね? 攻略班に入れなくて悔しがると思ってたのに」


 悔しくない、というわけじゃない。ただ、今の俺の実力では、攻略班に入ることはできないと思ったのだ。

 この世界には、まだまだ強い人がいる。――もっと強くならなくちゃ。


「やっほー、おにーさん!」


 俯いて憮然としていると、声をかけてきたのはローラの妹、フランだった。


「怪我したところはどんな感じ? 痛いでしょ?」


 心配そうに俺の腕を見つめるフラン。俺は首を横に振った。


「大丈夫、ダメージになってる部分はほとんど治癒スライムに回復してもらったから。俺もライゼも元気だよ」


「そっか、よかったあ……おにーさんってすごいんだね!」


 フランが無邪気に笑う。さっきまで邪悪の塊ゲルダと喋っていただけに、彼女の優しさに毒気を抜かれた気分だ。


「お姉ちゃん、戦うときはいつもやりすぎちゃうから……痛い思いをさせちゃってごめんね」


「フランが謝ることはないよ。それに、ローラはただ試験をしてくれただけだから」


「……でもね、お姉ちゃんが加入試験をするなんて珍しいんだよ! それだけおにーさんたちのことを気になってたんじゃないかなあ、って思うの」


 そうかなあ。ローラは常に無表情だったから、そんな風に考えていたのかはわからないけど。


「そういえば、ローラは一緒じゃないのか?」


「お姉ちゃんは先に帰っちゃったんだ。私とは別のところでお泊りしてるの。でね……」


 フランは笑みをより深め、話を続けた。


「おにーさん、今からうちにこない?」


 突然の発言に、俺たちは黙ってしまった。

 横を見ると、ライゼが冷たい視線をこちらに向けてきている。


「アンタ……いったいこの子に何を……」


「ちょっと待て! 俺は何もしてない! 勘違いだ!!」


 ライゼは拳をグッと握りしめ、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。俺は両手をばたつかせて否定する。


「違う違う! さっきも言った通り、今日は、私とお姉ちゃんは別の場所に泊まるの。私が泊まる方でご飯が出るから、お姉ちゃんが怪我させちゃったおわびにそこで一緒に食事でもどうかなって。もちろんおねーさんも一緒に!」


 ホッと胸をなでおろした。なんだ、そういうことか。

 要するに、ローラが俺たちを怪我させたおわびがしたいだけらしい。彼女が悪いことをしたわけでもないのに、律儀な子だ。


「そういうことならもちろん。ライゼも来るだろ?」


「行くわ。アンタを一人で行かせると何をするかわからないからね。こんな年端もいかない子に」


 誤解が解けていないんだけど!? ライゼはなぜか、未だに恨めしそうな顔で俺を睨みつけている。

 ……気が重い。でも、せっかくフランがご厚意で誘ってくれているのだ。無下にするわけにはいかない。


 俺は、猟犬のようなライゼに睨まれながら、フランの後について歩くのだった。



「ついたよー! ここ!」


 ライゼが俺たちを連れてきたのは、一軒のアパートだった。そこはギルドからあまり遠くない、いたって普通のアパートだった。


 俺が泊まっているところと同じような雰囲気の建物だ。フランの知っている人物というのは、この街に住んでいる人なのだろう。


 それにしても……フランの知り合いってどんな人なんだ? もしかして、ローラのような人だったりするのか……?

 扉を開けたらその先に、ミノタウロスみたいな見た目のイカツイおじさんが出てきたらどうしよう。俺は緊張して生唾を飲んだ。


「フラン! こっち!」


 その時、アパートの二階から声が聞こえてきた。フランの名前を呼んでいる人物。普通の人なのか、はたまたミノタウロスなのか――俺の心臓の鼓動はピークに達した。


「って、あれ? アル君?」


 あれ、この声――よく聴いたら女の人だ。それに、この呼び方ってまさか――


 顔を上げ切って驚いた。二階からこちらに手を振っている人。

 それはまぎれもなく、部屋着に身を包んだシエラさんだったのだ。


「シエラさん!? まさか、フランの知り合いって……」


「んん? シエラお姉ちゃん・・・・・とおにーさんは知り合いなの?」


 俺とシエラさんの顔を交互に見つめるフラン。その時、ライゼが息を詰まらせた。


「……そうだ、思い出した」


「どうしたライゼ?」


「攻略班最強のローラ。その名前は知っていたけど、どうしても苗字ファミリーネームが思い出せなかったの。でもね、今になってやっとわかった」


 ライゼは大きく息を吸い込むと、言い放った。


「ローラのフルネームは、ローラ・ハンステン。シエラさんと同じなの」


 そして、この状況とそれが意味することはつまり――

 この三人は家族、なのか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る