第108話 加入試験

 金髪の少女――ローラと呼ばれる彼女は、凛とした佇まいでこちらを見つめている。

 この前といい、この少女は独特なオーラを纏っている。彼女が現れたことで、一気に場の空気が彼女に持っていかれた。


「ローラ……? あのローラ!?」


 ここまで黙っていたライゼが、彼女の名前を聞くなり騒ぎ出した。


「知ってるのか?」


「知ってて当然よ! ローラは……攻略班に最年少で加入して、今や攻略班最強の剣士の名よ!」


 驚きのあまり、俺は固まってしまった。この前ぶつかった少女が攻略班最強? 偶然がすぎる。


 意気揚々と俺たちを罵倒していたゲルダは、ローラが登場した途端、失速したように黙り、視線を落とした。


「……この二人組が攻略班に入りたいと言い出したんだ!」


「それでどうしたのだ」


 ローラは口数が少ないが、言葉に圧がある。彼女の返答に、ゲルダが『くっ』と唸った。


「……駄目だと言った。こいつらはS級冒険者でもなんでもないんだぞ!? そんな奴の参加は認めるわけにはーー」


「S級でなければ攻略班に入ることが出来ないと、いつからそう決まったんだ?」


 ゲルダの息が詰まった。額から汗がダラダラ流れ、焦った様子が隠しきれていない。


「攻略班は実力者が集まる場所だ。立場で参加を拒むことはできない」


「そ、それはそうだが……しかし!」


 ゲルダは苦しそうにローラに言い返すが、ローラが動じる様子はない。真っ直ぐな彼女の視線に、ゲルダはさらに言葉を詰まらせる。


「とは言えーーそれはあくまで実力者・・・の話だ。実力がなければ意味はない」


 ローラが今度はこちらを向いた。狼のような気高さを感じる視線がこっちに向けられて、俺は生唾を飲み込む。


「貴様ら二人がかりでいい。私と戦え。私に勝って実力を証明することができれば、参加を許可するように私がゲルダに言おう」


 課せられた条件は、ローラと戦って勝つこと。

 しかし、俺は直感的にそれをおかしいと感じた。この少女が只者ではないのはわかるが――わざわざ一対ニを指定してきたのだ。


 なにか理由があるのか、と考えたが、おそらく違う。

 ローラは、自分の実力に絶対の自信を持っている。俺たち二人がかりでも絶対に負けない。完膚なきまでに叩きのめすのだという意思表示だ。


「ハハハハハ! それはいい!」


 突然、ゲルダが水を得た魚のように笑い始めた。さっきまでの意気消沈ぶりが嘘のようだ。


「いいだろう、お前たち二人がローラに勝つことができたら、攻略班に入ることを許可してやる! ただし、勝つことができたらな!」


 どうやらよほど自信があるらしい。俺は奴の条件を飲んだことを首肯で示した。


 それにしても……あれだけ強情だったゲルダが一気に快諾するなんて、このローラという少女はどれだけ強いんだ……!?



 街の外の草原エリアにやってくる。開けた土地であるこの場所は、戦うにはもってこいの場所だ。


「さあ、かかってこい。二人同時で構わないぞ」


 現場に着くなり、ローラが剣を引き抜いた。俺とライゼは、少し離れた位置で彼女に相対する。


「気をつけなさい。ローラは一筋縄じゃいかないわよ」


「わかってる。でも、勝たなきゃ攻略班には入れない!」


 レベル上げのため、なんとしてもローラに勝つ! 2人がかりは少し心苦しいが、容赦はしない!


「うおおおおおおお!!」


 まずは小手先を調べる。俺は緋華を引き抜いて、刃に炎を纏わせて走り出した。


「ちょっと待った! なんかヤバい!」


 後方からライゼの声が聞こえたその時だった。

 気づくとーー俺は地面に転がされていたのだ。


「な、なんだこれ!?」


 声を上げたところで、俺はようやく事態を把握した。あの瞬間、俺は風に吹き飛ばされたのだ。


 そして、風を巻き起こしたのは――


「どうした? 向かってくるんじゃなかったのか?」


 ローラだ。彼女が剣を一振りした途端、まるで台風のような突風が俺を襲ってきたのだ。


「そちらからこないならーー私から行くぞ」


 ローラが地面を蹴った瞬間、彼女の足元の地面がベコリ、という嫌な音を立ててへこんだ。同時に、彼女が一直線に飛来するようにしてこちらへ走ってくる!


「は、速い!」


 俺は起き上がって緋華を構えた。それとほぼ同時に、ローラの剣が振り下ろされる。


「ッッ!!」


 重い。これが本当に人間から放たれた一撃なのか!? ミノタウロスの斧を直接食らったような衝撃だ。


 だが、接近戦ならこっちのものだ! 手のひらを通して、緋華から雷魔法をーー


「無駄だ!」


 ローラの攻撃を弾きながら、ハッとした。駄目だ。彼女が剣を振るうたびに突風が起こり、雷がまったく届いていない!


「アルクス、避けて!」


 ライゼの声が耳朶を打った瞬間、俺は全てを理解して地面を蹴って回避した。

 それと同時に、ライゼが一気に魔法陣を展開した。色は赤。炎魔法だ。


「確かに派手みたいだけど――それなら、こっちはそれ以上の力をぶつけるまで!」


 ローラ相手に小技は不要だと考えたのか、ライゼが作り出した魔法陣からは、彼女の体の何倍もの大きさの巨大な火球が生成されていた。


 まるで太陽を作り出したようなその圧倒的なスケールを前に、ローラは無表情のまま――


「面白い」


 と、呟いた。

 ライゼは気味悪く思ったのか、上げた右腕を素早く振り下ろし、巨大火球をローラにぶつける。


 草原に爆音が鳴り響いた。ダンジョンの巨大モンスターが地面を踏み鳴らしたような轟音が広がり、俺は飛ばされないように体勢を低くした。

 青空に煙が上がり、数秒、その場に沈黙が起こった。


「今のはさすがに通ったみたいね……」


 ホッと胸をなでおろすライゼ。しかし、次の瞬間に彼女の目は大きく見開かれた。


 黒い煙が真っ二つになり、中からローラが出てきたのだ。そこに立つ彼女の体には、傷一つついている様子がない。


「嘘でしょ!? あそこから抜け出すとかどんな化け物よ!?」


「もう終わりか? ならば期待外れだが――」


「そんなわけないでしょ! アルクス、今よ!」


 その掛け声で、俺は右腕をローラに向けた。

 ライゼがこの状況であの巨大火球を使うことを選択した理由は、彼女の目線で分かった。一つは、彼女には小手先ではなく、圧倒的なパワーの魔法を使わなければいけないことを示すため。


 そしてもう一つは――隙のない彼女から、煙で視界を奪うためだ。


「<スライジング・バースト>!!」


 俺の手から放たれたのは、巨大な雷の柱。

 あのゴーレム少年を倒した、俺が持っている最大の力で彼女を倒す! これしか方法はない!


「いっけえええええええええええええ!!」


 一直線に向かう雷。それがローラの体を飲み込もうとした瞬間――


「<青天飛翔せいてんひしょう>」


 ローラが剣を構えた。すると、彼女の剣が白い光を放ち始める。それはまるで、猛禽がバッと翼を広げたようだ。

 肌がピリつくような感覚。ローラの体から放たれる恐ろしいオーラ。これは……桁違いだ!


「嘘……だろ!? まさかそのまま……!?」


 ローラが剣を天高く掲げ、白い光のエネルギーをさらに増大させていく。そしてそれが最大化した時――一気に振り下ろした!


 刹那、<スライジング・バースト>の雷とローラの斬撃がぶつかり合い、激しい衝撃を巻きおこす。

 それは互いに拮抗しているように見えた。しかし、一秒もしないうちに雷は真っ二つに切り裂かれ、そのまま俺たちがいる方向に飛んできて――


「「うわああああああああ!!」」


 俺たちは斬撃をもろに喰らい、鷹に連れ去れたウサギのように後方に吹っ飛ばされた。


 地面にうつぶせに倒れながら、俺は痛む体を起こそうとする。その視線の先には、無表情のままのローラがいた。

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