第102話 ひとときのやすらぎ

 心地いい風が吹く。空はどこまでも青く澄んでいて、太陽の光がほどよく俺たちを照らす。

 聞こえてくるのは、車輪の音。俺とシエラさんは今、馬車に乗っている。


「んー! 気持ちいいねー!」


 日差しを浴びて大きく伸びをするシエラさん。彼女は俺の隣の席に座り、足をプラプラと揺らしている。


「今日は上機嫌ですね、もしかして、旅の理由と関係してるんですか?」


「ん? そんなことないよ、どっちかと言うと今日も仕事をしていたいくらいだけど……私がつまんなそうにしてたらアル君も嫌でしょ?」


 意外だ。シエラさんは仕事とプライベートは切り分けるタイプだと思っていたから、仕事をしていていたい、というのは違和感がある。

 ……とはいえ、それは俺の単なる思い込みで、彼女にもそういう日はあるのかもしれない。


「そういえば、今日はなんで王都に? お仕事に関係していることなんですか?」


 俺はまだ、シエラさんが王都に行く理由を聞いていない。彼女の態度から観光ではないことは確かだが。


 俺の問いかけに、シエラさんは一瞬真顔になって――すぐに笑顔を取り戻した。


「実家に帰るんだ。ちょっと急な用事が出来ちゃって」


「えっ、シエラさんって王都の出身なんですか!?」


 初耳だった。俺がオルティアに来た時からずっとギルドで働いていたから、てっきりあの街出身なのかと勘違いしていたくらいだ。

 シエラさんは『そんなに意外?』と言うと、髪を触って少し照れくさそうに笑う。


「と言っても、しばらくはあっちに帰ってないんだけどね。だからアル君が知らないのも無理はないよ」


「そうなんですか。仕事の都合とかで帰れないんですか?」


「んー、まあそんなところかな。だからちょっと緊張してるかも」


 その時、シエラさんが『あ!』と声を上げて上を見始めた。彼女の視線の先には白い鳥が悠々と飛んでいる。


「本当に今日はいい日だねー。こんなに平和な日なんてしばらくぶりかも」


「ですね。このまましばらくゆったりしていれば王都に着きますよ」


 シエラさんと楽しくおしゃべりをして、馬車に乗っているだけ。こんなに楽勝なことが仕事クエストだというのだから驚きだ。

 護衛任務とは言っても、モンスターが出なければ特にやることはない。今のところはただの付き添いで、こうも平和だと忙しくなる気配もない。


 最高すぎる。こんな楽な仕事が世の中に存在するんだな。

 もし俺が強くなることを目標としていなかったら、ずっとこんな仕事がしていたいと思っていただろう。ダンの下で働いていた時ならそうしていたはずだ。


 本当に、こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに――


「オラアアアア!! そこの馬車止まれ!!」


 ――なんて甘い考え、世の中には通用しないらしい。


「な、なに!?」


 シエラさんが声を上ずらせた。彼女の視線の先を見てみると――そこには男たちがいた。

 いかつい見た目をした集団が、馬車の前を占拠して足止めをしている。中でも先頭に立っているスキンヘッドの男は、俺たちを見てニヤニヤと笑っている。


 馬車がゆっくりと減速し、止まる。それを見るなり、男たちは馬車を取り囲むようにしてぞろぞろと群がってきた。


「なんですかあなたたちは!?」


 御者の問いかけに、スキンヘッドの男が答えた。


「俺様はヴァサゴ! この馬車は俺たち『ヴァサゴ盗賊団』が乗っ取ったぜ! 早く金目の物を寄こせ!!」


 男たちが下卑た笑いを浮かべる。この人数相手では何もできないと踏んでのことだろう。


「アル君……!」


 シエラさんが俺の袖を掴んだ。不安そうな顔をしていて、手には強く力が入る。


 一方。俺はというと。震えるシエラさんの手のひらをぎゅっと包んだ後、無言で馬車を下りて矢面に立っていた。


「なんだお前!? 何か文句でもあるのかよ!?」


「……ありだよ」


「ああ!? 聞こえねえよ!! もっと大きな声で喋れよ!!」


「大ありだって言ってるんだよこの馬鹿野郎!!」


 俺のはらわたは煮えくり返っていた。

 せっかくシエラさんと楽しく旅をしていたのに。このまま平和な時間を過ごせると思っていたのに。

 こいつらはそれを邪魔したのだ。怒りは徐々に熱を高め、俺を支配した。


 こいつらだけは絶対に許さない。俺たちの時間を奪ったことを後悔させてやる。


「お前みたいなヒョロヒョロのガキが、俺たちに勝てるとでも思ってるのか? 笑っちまうぜ!」


「勝てるよ。お前なんか<鑑定>を使うまでもない。格下なのが分かり切ってるし、仮に上だったとしても徹底的に倒す」


 ヴァサゴが眉を釣り上げた。俺の挑発に苛立っているのだろう。


「てめえ……身ぐるみ剝がされた上に命まで奪われたいみたいだなあ!」


 一触即発の雰囲気。俺とヴァサゴはにらみ合った。

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