第94話 最硬にて最強(アダマンタイト)

 <最硬にて最強アダマンタイト>。これまで少年が使っていた技は、鉱石と同じ名前のものが多かった。

 つまり、奴にはまだ見せていなかった能力があったということ。


 少年が覚悟を決めたようにこちらを見やる。拳を握りしめ、深く息を吐く。


「――ここでとどめを刺しましょう!」


「待て! 今行くのはマズい!」


 シノは俺の制止も聞かずに走り出す。少年の首にナイフを突き立てようとしたその時。


「<最硬にて最強アダマンタイト>」


 少年が目を見開き、呟いた。

 同時に、シノの体が爆風に当てられたようにして吹き払われ、木の幹に激突した。


「シノ!」


 痛みに顔を歪めるシノ。本当なら彼女のカバーに行きたいところだ。

 しかし、彼女に構っていられないほど、少年の体から放たれる殺気は常軌を逸していた。


 赤黒く変色した肌から、絶えず噴き出す蒸気。彼が纏っていたボロ切れのようなローブは燃えてしまい、細い上半身が露わになった。

 その姿は、まるで悪魔。血塗られた怪物のようだ。


「二人とも、下がっててください!」


 少年の新たな能力を警戒して、アーチャーが矢を放った。素早い連射と正確な狙いから、別角度からの三本の射撃が少年を襲う。

 しかし、少年は一歩も動かない。俺たちのことをまっすぐに見据えながら棒立ちしている。

 次の瞬間、アーチャーが放った矢は少年の体に到達する前・・・・・に折れてしまった。まるで見えない壁に弾かれたように。


「<最硬にて最強アダマンタイト>は絶対防御。アナタたちがゴーレムにダメージを与えることはできなくなりました。そして――あとは蹂躙されるだけです」


 マシューが勝ち誇った顔で笑う。彼の驕慢な態度から、この能力の強さがどれほどのものなのかは理解できる。


「くそっ!」


 アーチャーは止まることなく矢を放ち続けるが、まるでバリアでも張られているように、矢は少年に届くことなく弾き返されてしまう。


「……アルクス様、これは危険です。ここでなんとしても、止めます!」


 口から血を流しているシノは、起き上がって再び少年に肉薄する。

 舞うような動きで的確に少年に近づき、確実に急所を狙う。しかし、ナイフをぶつけようとすればするほど、攻撃は弾かれてしまう。


「――さて、ゴーレム。そこの連中に死ぬ以上の苦痛を与えてあげなさい」


「危ない!」


 マシューが指示をしたその時、少年が拳を振り上げた。俺は半ば体当たりをするようにしてシノの体に突進する。

 刹那。少年が拳を振り下ろした。彼の拳からは旋風のような衝撃が巻き起こり、地面が大きくえぐれた。


 それはまるで滝の水が地面に降り注いだようだ。少年の細い腕からは想像もできないような――これまでで一番の一撃が放たれた。

 爆発魔法を使ったのかと錯覚するほどの威力。拳で山を砕くような破壊力。森全体に激震が走る。

 ――そして、俺はその攻撃を背中で受けた。


「アルクス様! アルクス様!」


「ッ! 大丈夫、かすっただけだ!」


 シノを押しのけたとき、わずかに少年の攻撃を背中で受けてしまった。

 と言っても、直撃ではない。本当にかすっただけだ。――問題なのは、その程度の当たり方でかなりのダメージを受けてしまったということだ。


 控えめに言ってえげつない。俺は苦痛に顔を歪めながら、少年を見やった。


「確かにあの技は厄介だ。でも、それにも限界があるはず!」


 <ゴーレム>が経験値を糧に技を使える能力なら、いつかはそれにも限界が来るはずだ。

 そうでもなければ、これまで下級の技を使ってきた意味がない。


「ゴーレム、畳みかけろ!」


 背中に骨が折れたような痛みが走る。それでも少年は攻撃の手を止めない。走ってきたと思ったら、まるで獣のように飛び跳ねて襲い掛かってきた。


「緋華!」


 咄嗟に剣を横一閃し、炎を放つ。しかし、少年はもろに炎を浴びながら、一点に俺のことを捉えて拳を振り上げている。

 激痛で息が詰まるのを感じながら、俺は素早く地面を転がって回避した。少年の拳が叩きつけられると同時に、地面が大きく隆起した。


「鉄壁スライム!」


 起き上がって態勢を整えるまで、俺は足元に鉄壁スライムを召喚して間をつなぐ。チアの能力で強化された鉄壁スライムは、俺の体をすっぽり包み込むような透明のバリアを張ってくれた。

 しかし、甘かった。少年は素早く肉薄すると、バリアに向かって連打を始めた。三発ほど拳がぶつかると、あっさりとバリアが破られてしまう。


 だが、剣を構えるだけの時間は出来た。俺は少年の肩をめがけて袈裟斬りを仕掛ける。


「<紫電一閃しでんいっせんほむら>!」


 渾身の一撃。俺の持てる限りの力を込めた。しかし、刃と少年の拳が交わると、勢いは一気に打ち消されてしまう。

 拮抗している一点を中心に、突風が吹き荒れた。二人の攻撃のぶつかり合いは森全体を揺るがし、激しさを増している。


 一見すると、互角なぶつかり合い。しかし、徐々に俺の体は押され、ついに弾き飛ばされてしまった。


 駄目だ。あまりにも硬すぎる。大地を相手にしているような手ごたえのなさ。あまりの実力差に壁の厚さを感じてしまう。

 何か――この硬さを打ち破れる手段はないか!? せめて、<最硬にて最強アダマンタイト>の効果が切れるまで戦えるような――


 その時、俺の中に一つの作戦がよぎった。それは、俺が持っている唯一の可能性。

 いやしかし、今の状況ではとても無理だ。できたとしても一か八かの博打になる。


 この作戦を実現するとしたら、『隙』が必要だ! 時間さえあれば、あの絶対防御の魔人を打ち破ることができる!


 少年の攻撃を剣で弾き返し、ギリギリで耐え忍んでいたその時。一人の男が少年の背中にまとわりついたのが見えた。


「やれ!! 今だ、三下!!」


 予想外にも、俺たちの戦いに出張ってきたのは、瀕死のバリーだった。

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