第93話 連携と綻び

 少年が拳を地面に叩きつけると、白い衝撃波が一直線に放たれる。


「シノ! そっち行ったぞ!」


「お気遣いありがとうございます。心得ております」


 シノはそう言って近くにあった木の幹を踏みしめ、思い切り蹴り上げる。

 彼女の体が宙を舞う。華麗な動作でゴーレムの衝撃波を躱すと、少年の方へ距離を詰めた。


「あなたに恨みはありませんが、始末させていただきます」


 素早い身のこなしで肉薄しながらスカートの中のナイフに手を伸ばす。

 一瞬の間に懐に入り込んだシノ。ナイフを握りしめ、一気に少年に突き立てる――!


「<銀色の爆裂シルバー>」


 その時、少年がナイフに拳を突き出した。両者の攻撃がぶつかり合った瞬間、白い光が放たれる。


「――ッ!」


 爆発の寸前、シノが後退した。光が消えた後、少年の足元に落ちていたのは折れ曲がった銀色のナイフだった。


「あの技を使っている間は攻撃が通らないようですね」


 シノが刺したのは少年の拳。ナイフを刺したはずのその箇所はまったく無傷で、まるで壁に防がれてしまったようだ。

 おそらく、硬化している。<ゴーレム>というくらいだから、おそらく鉱物程度の硬さはあるはずだ。


 シノの奇襲は失敗した。少年は無傷でこちらを見据えている。

 ――しかし、バトンはつながった。


「今です!」


 木の枝に乗って弓を引いていたのはスライムアーチャー。隙ができるこのタイミングを見計らっていた。


「…………ッ!」


 放たれた一本の矢。これ以上ない好機だ。少年はそこでようやくアーチャーの存在に気づいて視線を向ける。


「<身体強化ブロンズ>!」


 矢が少年の胴体を貫こうとしたその時、少年が咄嗟に技を発動し、加速した拳を振るい、寸前で矢を弾き返した。


「まだだッ!」


 少年が矢に気を取られている間、俺とシノが再び肉薄した。

 アーチャーの後方からの攻撃と、俺とシノの近接攻撃。少年に休む暇を与えない戦法だ。


 俺たちの負け筋は、バリーを倒され、経験値を回復されてしまうこと。つまり、最善の戦い方は三人の連携で少年を追い込むことだ!


「くらえッ!」


 緋華で斬りかかり、炎を噴き出す。少年は両手を交差させ、炎を防ぐ。


「<壊れない双璧ダイヤモンド>!」


 両腕に刃がぶつかった瞬間、ガキンという音が鳴る。まるでゴーレムに斬りかかった時と同じような感触が伝わってくる。


「……硬い!」


 シノはナイフを二本取り出して肉薄するが、滑らかな連撃はあっさりと防がれてしまった。

 巨大な壁を拳で叩いているような、圧倒的な手ごたえのなさ。これだけ攻めているのに、まったくダメージが入らない。


 何より恐ろしいのが、少年の経験値に底が見えないということ。彼がどれだけ経験値をストックしているのかわからない上に、どの技を使えばどのくらい減っているのかもわからない。

 マシューが経験値の無駄使いに文句を言っていたことから、それほど多くないのだと高を括っていたが……少年からは息切れを感じられない。


「……一体どれだけのモンスターを倒してきたんだ!?」


「……!!」


 その時、少年の眉が動いた。無表情を貫いていた彼から動揺の色が見える。

 なんだ……? 俺が何かおかしなことを言ったということか!?


 少年が動揺を見せたのはこれまでに三度。一度目、二度目はマシューが『経験値を補充する』と言ったとき。三度目はさっきの俺の発言。


「アルクス様。あの少年――怯えています」


 シノが俺に耳打ちした。そこでようやく、全ての点がつながる。


「まさか――君はモンスターじゃなく、人間を殺して経験値を稼いできたのか?」


 少年が目を見開き、ブルブルと震え始めた。図星だ。

 経験値の補充を恐れていた原因は、そのために人を殺さなければいけないからだ。


「そんな、なんてことを……」


「……俺だって」


 言いかけた途端、少年が口を開いた。


「俺だって、人なんか殺したくなかった!」


 俺を睨みつけて怒鳴る少年。突然の出来事に、今度は俺が戸惑ってしまう。

 これまで感情の機微を感じさせてこなかった少年が、初めて本心を露わにした。


 人を殺すのも厭わない殺戮兵器という印象から、一気に人間らしさを感じる。『人なんか殺したくなかった』という言葉には、そこまで印象を変えるだけの驚きがあった。

 しかし、だとしたらこの少年は何のためにマシューに従っているんだ?


「ゴーレム! 何を今さらためらっているのです! アナタが人を殺したという事実はもう変わらない! その男を殺しなさい!」


 狼狽える少年を、マシューは許さない。人間味を取り戻してしまった兵器を見て、大きくため息を吐く。


「……もういい。そいつはワタシたちの調子を狂わせる。だから<最硬にて最強アダマンタイト>を使いなさい」


 彼の口から出たその単語の意味を、俺は理解できなかった。

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