第92話 ゴーレムの能力

「さあ、ゴーレム。その男でしなさい。想定外のことで浪費してしまいましたからね。その男は愚かですが、栄養補給にはちょうどいい」


 マシューの指示に従って、少年が気絶しているバリーの元へ歩み寄る。とどめを刺すつもりだろうか。


 ……? なんのために? なぜ今この状況で俺を無視して、わざわざバリーを始末しようとしているんだ? 普通に考えて、攻撃してきそうな俺を倒してからまとめて命を奪えばいいだけの話だ。

 マシューはそんなことを理解できないようなタイプであるとは思えない。つまり、何か意図があるはず――


『……まあ、ワタシはいいんですけどね。少なくなったらオルティアで補充すればいいだけですから。ただ、苦しむのはアナタですよ?』


 やたらと出てくる『補充』という単語。俺にはその意味がわからない。しかし、あの言葉が出てきたときが、唯一少年が動揺した瞬間だ。きっと何か原因がここにあるはず。


『<比類なき豪傑ミスリル>を使っても仕留められないとは何事です!? くだらないことで無駄遣いされては困ります!』


『ただし、養分としてね』


『ゴーレム。この愚か者に<黄金の衝撃波ゴールド>はもったいない。<銀色の爆裂シルバー>……いや、<身体強化ブロンズ>でもいいくらいです』


 これまでのマシューの言動から、考えられる可能性は一つ。そして、それこそが俺の勝利の道筋だ。


「わかったぞ……!」


「静かにしてくれませんかねえ? アナタを殺すのは確定として、物事には順序ってものがあるんですよ。まあアナタに言っても理解できないと思いますが――」


「<ゴーレム>の能力は、経験値を使って技を出すものだ。そうだろ?」


 マシューが眉をひそめた。

 これまでの情報を総合した結果、これが最も可能性が高い。<ゴーレム>は無制限に技を出すことができるように思っていたが、そうではないということ。


 もし無制限に技を出せるなら、あえて弱い威力の技を出す必要はない。大規模な爆発を起こしまくればいいはずだ。

 だが、そうしなかった。いや、できなかった。少年の戦い方を見ていると、出し惜しみをしているようだった。


 そして、その技の源泉となるもの。それは経験値だ。マシューが『補充』という単語を出していたのは、技を使うごとに経験値が目減りすることを意味していたんだろう。

 バリーのレベルは32。彼を殺せばかなりの経験値が入ってくるだろう。だからこそマシューは先にバリーを殺すように命じたし、彼をだまし討ちにした。


「……だからなんだと言うのです? 今はアナタが出る幕ではないんですが」


「いいや。裏を返せば、<ゴーレム>は経験値がなくなれば技を撃つことができない。つまり――それが俺にとっての勝機だ」


 マシューが再び、怒りに顔をゆがめた。

 この男はプライドが高い。俺が挑発をすれば激高することは見えている。そして、そんな彼だからこそ次に打つ手は――


「……ゴーレム。気が変わりました。経験値を補充するのは後でも構いません。先にその男を殺しなさい」


 やはり。俺を殺すことを優先してくるだろう。

 これでバリーから経験値を補充するという選択肢を消すことが出来た。ゴーレム少年が経験値を回復する術はない。


 つまり、持久戦。向こうの経験値が切れるのが先か、俺が奴の猛攻を耐えることができるのが先か。

 だからこそ、こっちも出せる限りの手札を切るしかない!


「チア! シノ! スライムアーチャー!」


 こっちが出すのは、人型スライムの二人。他のスライムたちは、ゴーレムの高威力の技を耐えることができないだろう。それで経験値を吸われてしまっては元も子もない。

 だからこそ、この布陣。これで奴の経験値を枯らし切る!


「アルクス様。ご指示を」


「チアは後方支援で二人の能力を上げて! シノは俺と一緒に前線でゴーレムと戦おう! アーチャーは隙を狙って攻撃を!」


「はーい!」


「承知いたしました」


「了解っス」


 三人がそれぞれ持ち場に付く。俺は緋華を引き抜いて、ゴーレム少年と向き合った。


「……ゴーレム。事情が変わりました。残った経験値のことは考えなくてもいいです。あの男を殺すことに全力を尽くしてください」


「――でも!」


「口答えするんじゃありません! さあ、やるのです!」


 少年の口答えを跳ね退ける、厳しい一喝。

 彼がマシューの発言に口を挟んだのは初めてじゃないか? 何か理由があるのか――?


「アルクス様、来ますよ」


 横に並び立つシノが、ナイフを構えて言った。

 そうだ。今は戦いに集中しないといけない。なんとしてもゴーレム少年を倒し、マシューの野望を打ち砕かなければ!


「……<黄金の衝撃波ゴールド>」


 ゴーレムの両手の拳が白く輝く。激しい爆発とともに、戦闘再開のゴングが鳴らされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る