第88話 侵入者【SIDE:森の民】
英雄闘技会で試合が行われていたその頃。森林では森の民がいつも通りの日常を営んでいた。
その中の一人、イルザもまた、いつものように森の見回りを行っていた。
「お疲れ。そろそろ代わるか?」
木の上に立って辺りを見ますイルザの横に、ウィリアムがやってきた。
ラウハイゼンが消滅してから約2週間。二人にとって、こうした作業にももはや慣れすら生まれているほどだった。
ウィリアムから受け取った水筒の蓋を開け、イルザはぐいと飲み干す。
「じゃあ、後はよろしく」
「おう。この後は仮眠でも取るのか?」
「ううん。修行をする」
イルザはアルクスと出会ってから、変わりつつあった。
元々森ではラウハイゼンの次の実力を持っていた彼女だったが、アルクスとの一件からハングリー精神に磨きがかかったのだ。
森の見張りが終了すると、決まって修行に励む。これが彼女の日常だ。
しかし――日常は突然終わりを迎える。
「イルザ! あれ見てみろ!」
ウィリアムがぴしゃりと声を上げた。イルザは素早く警戒の糸を張り、緊張感を高める。
「……あれは!」
ウィリアムが指す方角。そこにいたのは人だった。それも、一人や二人ではない。馬車を引いた『小隊』だ。
「遠征か……? いや、だとしたら人数が多すぎる……」
森の守護をラウハイゼンに一任していた時の嫌な記憶がよみがえる。
オルテーゼ家が木々を伐採し放題だったのは、それが大きな要因だった。
もちろん、村の存在を部外者に知られるわけにもいかなかったというのもある。しかし、これまで森の民は侵入者に対して寛容にしすぎていた。
「行こう!」
ウィリアムとイルザは、木の枝を蹴って小隊のいる方へと向かう。対峙すると、先頭集団の男たちがピタリと止まった。
「なんだお前らは!? 邪魔だからどけ!」
「そういうわけにはいかない。お前たちこそ、何をしにここに来た?」
屈強そうな兵士に負けじと、ウィリアムが声を張り上げる。すると、奥の馬車から一人の男が降りてきた。
「騒がしいですねえ……遅いということは『悪』ですよ。アナタたちは『悪人』ですか?」
中から出てきたのは、貴族のような綺麗な身なりをした中年だった。
肩ほどまで伸びた黒髪がサラリと揺れる。口周りには青髭を生やしており、年齢は30代後半くらいだろうか。
特徴的なのは、男の喋り方だ。部下に対して敬語を使っており、歩くたびに腰回りがくねくねと左右に揺れる。
「お前が長か!」
「いかにも。ワタシはマシュー・ツンベルグ。ツンベルグ領で領主をやっています」
「何をしに来たのか、話してもらおうか!」
「アナタたちには興味はありません。オルティアに行くためにちょーっとだけここを通るだけですよ」
明らかに怪しい。二人は確かにそう感じていた。
そもそも、ツンベルグ領は森を隔てた向こう側だ。なぜオルティアに武装した兵士がこれだけ通る必要がある?
「悪いが通すわけにはいかない。帰ってくれ」
「……もしかして、アナタたち『悪人』ですか?」
その時、兵士たちの顔が一斉にひきつった。マシューの一言で場が凍り付いたのだ。
「悪人……? 何を言ってるんだお前は?」
「この世界には『善人』と『悪人』の二種類しかいません。ワタシたちはただここを通ろうとしているのに、それを邪魔するのは『悪』ですよね?」
マシューは持論を語ると、大きくため息をついた。
「面倒ですね……<インビジブル・ウォール>の発動に間に合わなかったらどうしてくれるんですか。やはり悪人は始末するしかないみたいですね」
マシューが両手をパンパンと打ち鳴らした。刹那、馬車の中からまた一人の男が姿を現した。
16、7歳ほどの青少年だが、彼の風貌から子供らしさは感じられない。深紅の髪はしばらく切っていないのか、幽霊屋敷の庭木のようにボサボサと伸びている。
歩き方には覇気がなく、青色の眼光は飢えたオオカミのようにギラリと光っている。
服装はイルザたちから見てもボロボロだと感じさせるほど貧相で、まるで捨てられた犬だ。
少年はマシューに一瞥をくれると、彼の横に並び立った。
「さあ、『ゴーレム』。いつものように悪人を始末しなさい」
マシューが少年の肩をポンと叩いて下がると、後ろで控えていた兵士たちが一斉に背を向けて逃げ始めた。
次の瞬間。少年の肩辺りから白い蒸気が上がった。イルザとウィリアムの二人は息を呑む。
「<
「避けろ! イルザ!」
少年が両腕を地面に叩きつけたその時、落雷のような激しい衝撃が一直線に二人を襲った。
咄嗟にウィリアムがイルザの体を押す。少年が放った衝撃波は二人の体を捉え、爆発を起こす――!
「うわあああああああ!!」
二人の体は何秒か宙を舞い、森の地面に叩きつけられた。
ウィリアムの一瞬の判断で、イルザは多少のダメージで立ち上がることができた。
――しかし。
「……ウィリアム!」
もろに攻撃を食らったウィリアムは、腕を押さえて座り込んでいた。彼はあらぬ方向に曲がった腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。
たった一瞬。目にもとまらぬ速さで放たれた衝撃波は、二人の実力者にかなりのダメージを与えたのだ。
「イルザ! 逃げろ!」
「嫌。私も戦う」
「無理だ! 今のを見ただろ!? こいつはただ者じゃない!」
誰の目から見てもそれは明白。ウィリアムの必死の訴えに、イルザは心を打たれた。
「……わかった。助けを呼んでくる!」
イルザは背を向けて走る。ラウハイゼンが不在の今、この強敵に対抗する手段は一つしかない。
それは、アルクスに応援を要請すること。この状況を打開することが出来るのは、自分より格上の彼だけだ。
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