第89話 現場に到着

「そんなことが……」


 イルザから事の顛末を聞いて、俺は戦慄した。

 隣の領地から小隊が迫ってきている。しかも相手はイルザでも敵わないような驚異的な力を持っている。


「その相手は『ゴーレム』って呼ばれてたのか?」


 イルザは首肯する。俺には思い当たることがあった。


 ユニークスキル。俺の<スライム>と<人間>、そしてダンの<アンデッド>。

 偶然なのか、それらは全て種族の名前で統一されている。そして、ノアが言う通りそれらのスキルは強力な効果を持っている。


 もしかして――その『ゴーレム』と呼ばれる人物はユニークスキルを持っているのだろうか?

 だとしたら、ノアのことを何か知っているのかもしれない。可能性はある。


 とにかく、行ってみなければわからない!


「イルザ、ついて来てくれ!」


 俺はワープスライムを召喚し、行き先に村を指定した。



 ズガアアアアアン!

 森に到着した瞬間、大地が激しく揺れるのを感じた。地震でも起こっているようだ。


 イルザが言っていたとおり、ウィリアムが戦っているのだろう。俺はすぐに揺れがする方へ走り出した。


「はははははははは! いいですよゴーレム! その虫ケラを叩き潰してしまいなさい!」


「くっ!」


 現場にはすぐにたどり着いた。50人規模の小隊を背後に従えて、一人の男が高笑いをしている。


 そして、その手前。深紅の髪をボサボサに伸ばした少年が黙って一点を見据えている。

 その視線の先には、満身創痍になったウィリアムがいた。


「ウィリアム!」


 俺はすぐに彼の元に駆け付け、彼の体を抱えて後退した。


「アルクス……来てくれたか!」


 膝を折りながら、ウィリアムは大きな手のひらを俺の腕に重ねた。

 彼のその手は血がにじんでいて、そのほかの体の部分もボロボロだ。肉が引き裂かれたようになっているところもある。


「今治すから、我慢してくれ!」


 治癒スライムを召喚。回復は任せて、俺はウィリアムを横たえて前に出た。


「……なんなんですか? アナタは。突然出張ってきて不愉快なのですが」


 二人の男と対峙する。奥の男はあからさまに苛立ったような態度を示しているが、手前の赤髪は不気味に無表情を貫いている。

 この二人が隣の領地・ツンベルグ領からやってきた刺客。俺は視線を鋭くした。


「アナタ、悪人ですねえ」


「……は?」


 奥の男の言葉の意味が分からず、俺は思わず声を漏らしてしまった。


「だってそうでしょう。ワタシが弱者をいたぶるのを見て楽しんでいるのを邪魔したんですから。この世界には善人か悪人かしかいない。よってアナタは悪人です」


「何言ってるんだ? そもそもお前が善人である前提がおかしいだろ」


「……貴様、今なんと言った?」


 奥の男の声が低くなる。これまで彼の声色は調子外れに高く、独特な雰囲気を放っていた。しかし、一気に空気が重苦しくなるのを感じる。


「ワタシはマシュー・ツンベルグだ。貴様のような下賤な人間とは違う、高貴な存在。なぜ貴様のような虫ケラが善人で、ワタシが間違っているなんて可能性がある? なぜワタシが間違っているなんて可能性を疑う必要がある? いや――違う。ワタシは全てにおいて正しい。ワタシは間違っていない。ワタシは常に正しい選択をしてきた。だから『善人』である。そして『善人』であり続ける。ワタシこそがこの世界の唯一の良心であって、それ以外は全て間違っているのだ」


 呪詛のような独り言。怒りに満ちたその言葉を浴びて、俺は背筋に嫌な汗をかくのを感じた。

 駄目だ、こいつは。ダンと同じで、自分が絶対に正しいと思っているタイプ。

 こんな奴を野放しにしたら大変なことになる。そう確信した。


「ゴーレム。その男を殺しなさい。嬲り殺しにした後、ワタシが死体をいたぶってあげます」


 赤髪の少年はマシューの言葉を聞いて首肯すると、地面を蹴って詰め寄ってきた。


「アルクス! その男から距離を取れ!」


 ウィリアムが痛む体を奮い立て、声を引き絞る。俺は彼の忠告に従い、地面を蹴って高くジャンプした。


「<<銀色の爆裂シルバー>」


 ポツリと少年が言葉をこぼす。同時に、白い光が目の前で大きく光った。


「……まさか!」


 白い光は急激に大きさを増し、俺の体を飲み込んでいく。

 これは――爆発だ!


 ドオオオオオオン!!


 大きな爆音が鳴り響いた。激しい衝撃を前にしても、少年は不動。


 一方、俺はなんとか爆発を避けることができた。呼吸を整え、少年を見据える。

 危なかった。あと少し遅れていたら爆発に巻き込まれていただろう。そうすれば少なからずダメージはあったはずだ。

 さて、どう攻めるか――


「<黄金の衝撃波ゴールド>」


 頭に考えを巡らせようとした刹那。少年が地面に拳を叩きつけた。

 次の瞬間、荒れ狂う津波のような衝撃波が、地面を裂きながら一直線に向かってくる。威力はさっきの爆発以上だ!


「マズい!」


 寸前で足元にスライムを召喚し、思い切り踏み込むことでジャンプをして回避。しかし、俺の眼前には白い衝撃波が広がっていた。

 そして少年はまた、無表情で俺のことを見ている。冷静そうに見えて、その戦い方は獰猛。まるで虎視眈々と獲物を狙う猛獣だ。


 強い。戦闘スタイルも能力も、普通のスキルのものとは比肩にならないほどだ。

 確信する。彼はユニークスキルの持ち主だ。

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