第87話 見えない障壁

 さっきまでとは違う意味で、会場がざわつき始めた。観客たちは、慌てた様子で騒いでいる。中にはパニックになっている人までいる。


「どうなってるんだ……?」


 俺は退場ゲートに走ると、急いで客席の方へと向かう。


「アルクス! ちょっと待ってくれよ!」


 ライゼたちの様子を確認しに行こうとしたその時。イレーナが声を上げた。

 見ると、彼女は俺の後ろ――ゲートの手前で立ち止まっている。


「どうした? 何か忘れものか?」


「違うんだっ! ここから先に行けない!」


 イレーナは真剣な表情でそう言うと、まるで彼女の目の前に壁でもあるように、空中を手のひらでドンドンと叩き始めた。

 ――いや、正確にはある・・んだろう。そこに見えない壁が。

 彼女がふざけているようには見えない。ましてやこんな状況だ。


「そうか……これが観客たちが騒いでる原因か!」


 観客たちは、この見えない壁に閉じ込められている! 目には見えない壁で出られないなんてわかったら、パニックにもなるだろう。


 しかし、ここで疑問がある。なぜ俺は壁の制約を受けずに向こう側に行くことが出来たんだ……?

 それとも既に壁の効果を受けているのだろうか。でも、ダメージを受けている感じや体調に変化は見られない。


「<鑑定>!」


 わからないなら調べるまでだ! 俺は鑑定スライムを召喚し、イレーナの方に向かって<鑑定>を発動した。


――


 障壁魔法<インビジブル・ウォール>を検出しました。


――


 原因はすぐにわかった。イレーナたちを閉じ込めているのは、魔法の一種らしい。


「<インビジブル・ウォール>ってなんだ!?」


――


 <インビジブル・ウォール>

 魔力を消費することで、透明な障壁を生成する魔法。

 レベル30以下の生物を通さない。


――


「そうか、レベル……!」


 答えは単純。俺が通れてイレーナが通れないのは、レベルの問題だ。

 おそらく、障壁と言っても万能ではないのだろう。レベルが高い人間を縛ることはできないようだ。


 さて、問題は――これを誰が作ったかということ。

 大会に関係している人間か? だとすれば、目的は? 考えても答えは出てこない。


「アルクスー!」


 しばらく立ち止まって思考していると、イレーナが見えない壁を叩きながら俺に呼びかけた。


「あたしたちのことはとりあえずそのままにして、アルクスは会場の外に出てくれ!」


「でも、いいのか?」


「今自由なのはアルクスだけだ! あたしは出口がないか探すから、アルクスは外の様子を見てきてくれ!」


 イレーナの提案は、非常に合理的なものだった。

 確かに、今の状況を見るに、街の人々は『閉じ込められている』。

 だとすれば、外に行けば何か情報が得られるかもしれない。


「わかった。そっちは任せたぞ!」


「あたぼうよ!」


 俺とイレーナは頷いて同調し、それぞれ行動を開始した。



 街へ出ると、そこは普段では考えられないほどひっそりとしていた。

 いつもは人で溢れかえっている商店街も、すっかり静まり返っている。それもそのはず。街の人々は会場にいるのだから。


「誰かいないのか……?」


 会場の中と外で何か違っていることはないか。何か普段と変わっている要素はないか。俺は辺りを見回しながら街を歩く。

 人があまりにもいないので、スライムを放った。それぞれ手分けして、異常がないか見回る。


「ピキー!」


 数分して、一匹のスライムから報告の鳴き声が上がった。


「何があった!?」


 すぐに現場に駆け付けると、そこは街の門の辺りだった。スライムがいたその場所には――人が倒れている!


「大丈夫ですか!?」


 その人の元へ走って、気が付いた。俺はその人物を知っている。緑色の髪を長く伸ばしていて、おっとりとした印象を与える寝ぼけ眼のような目つき。


「イルザ!?」


 それは森で出会った少女、イルザだった。


「アル……クス」


 見ると、彼女の体にはひどい傷が出来ている。見ているだけで痛々しい。

 すぐに治癒スライムを出し、イルザの回復を開始した。


「イルザ、無理がない範囲でいい。何かあったのか?」


「……森が襲われてる。このままじゃみんなが危ない」


「いったい誰に!?」


「ツンベルク領の領主。私はそう聞いた」


 イルザの口から出てきたその言葉に、俺は度肝を抜かれた。

 ツンベルク領と言えば、オルティアとは森を挟んで隣の領地だ。


「でも、なんのために……?」


「領主は軍を連れてた。この街に来るつもり」


 この街に軍を送るために、森を通ろうとしたってことか……?

 じゃあ、実質的に侵攻じゃないか。なぜこのタイミングで!?


 答えはすぐにわかった。今この街には領主がいない。偶然なんかじゃなく、オルテーゼ家が完全に没落しているこの時を狙ったんだろう。


 そう考えると辻褄が合う。会場に人が集まったタイミングで結界が張られ、そこに軍がやってくる。そこからどうなるかは想像がつく。

 つまり、この街は狙われているのだ。

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