第86話 勝者と敗者

 試合が終了しても、会場の熱狂はしばらく止まらなかった。割れんばかりの拍手と、老若男女の叫び声。俺はそれを全身に浴びて、舞台の中心に立っていた。


「アルクス!」


 これまで舞台の外で見ていたイレーナが駆け寄ってくる。勝利を喜んでいるようで、目を輝かせて観客席を見回した。


『見ろ! イレーナが舞台に上がったぞ!』


『イレーナー! すごいぞー! よくやった!!』


『あの剣、すごかったね! 私、見惚れちゃった!』


 観客たちは口々にイレーナのことを褒め称えた。それはそうだろう。不正をしたS級冒険者を相手に、勝利を収めることが出来たのは彼女の剣の力があってこそだ。

 イレーナはうるうるとした目を拭って、観客席に向かって深々とお辞儀をした。

 太陽が彼女を明るく照らす。今は自然さえも彼女を祝福しているようだ。


「バリー、大丈夫か!?」


 エルゲンが倒れているバリーの体を揺すった。俺たちは改めて二人の方へ向き直る。


「なんで俺が負けなくちゃいけねえんだよ!」


 バリーはエルゲンに介抱されながら、地面に拳を叩きつけた。

 イレーナの剣を折るように運営委員に指示をし、それに加えて試合でスキルを使って戦うという不正。

 挙句の果てには普通に戦った俺たちに負けてしまった。誰がどう考えても、二人に同情する余地はない。


「クソッ、クソッ……なんでこんな目に……」


「バリー! お前はもう負けたんだ、大人しくしろ!」


「止めるなエルゲン! 俺はまだ終わってねえ!」


 地べたに座り込んだまま、バリーはキッと俺を睨み据える。

 しかし、今から立ち上がっても俺に敵わないことはわかっているはずだ。全身は火傷し、服も焦げ付いている。斬撃の傷跡はまだ彼の体を痛めている。

 そのことを悟ると、バリーは一気に脱力して地面にうつ伏せで倒れ込んだ。


「ああああああ…………」


 嗚咽にも近い声が漏れる。惨めな姿を晒している彼はまさに発狂寸前。


「お前は負けたんだよ、バリー。イレーナの剣を折ったことを謝れ」


「クソがあああああああああああああ!!」


 俺に改めて敗北を宣言され、バリーは破裂した風船のように騒ぎ出した。


「殺す! 三下、お前だけは今ここで始末する! 刺し違えてもな!」


「無理だ。お前じゃ俺に勝てない」


「うおおおおおおおおおおお!!」


 バリーが起き上がって突っ込んでくる。俺は咄嗟に蹴りで顔面を蹴り上げた。

 バリーは奇声を上げて再び地面を転がった。しばらくうつ伏せで倒れると、ボソボソと何かを喋りだす。


「……ああ、そうだよ。わかってるよ。俺がお前に勝てないってことくらい」


 次の瞬間、バリーは舞台に頭を打ち付けて発狂する。


「わかってんだよ! お前の目を見たときに、勝てないことくらい計算できてた! だけど……だとしたら俺は何のために生きているんだ!?」


 訳がわからない。それはバリーにとっては大事な叫びなのだろうか。


 俺たちがバリーの様子を見ていると、舞台の脇からスタッフが何人かやってきた。


「そこの二人組! 不正に関して聞くことがある。大人しくしろ!」


 スタッフたちはそう言うと、暴れているバリーと、ひたすら押し黙っているエルゲンを連れて行ってしまった。

 少し遅れて、司会が再び舞台に立つ。


「えー、決勝戦についてですが、チーム・ディエゴ武具専門店の不正の発覚と、チーム・ダンツェル武具専門店の剣の問題がありまして……結果は後日通達となります!」


 そりゃ、あんな規格外な試合をしたらこうなるだろう。当然の判断だ。


「つきましては、英雄闘技会はただ今を以って終了とさせていただきます! 観客の皆様はおかえりください!」


 司会が退場。俺もようやく肩の荷が下りたような感覚が湧いてくる。


「イレーナ、俺たちも帰ろうぜ。みんなにも報告したいし」


「おう! がってんだ!」


「今はちゃんとその喋り方なんだな。やっぱりイレーナはそっちの方がいいよ」


「うるせえやい! 昨日のことは忘れろい!」


 プンプンと怒るイレーナを見て、思わず吹き出してしまう。

 忙しい大会が終わって、ようやく日常が戻ってくる。そんな安心感で心の中がいっぱいになる。


 しかし、そんな俺の中の希望は、一瞬にして打ち砕かれる。


『おい、なんだこれ!?』


『会場から出られないぞ!?』


 そんな観客の叫びが聞こえてきた、その瞬間から。

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