第84話 緋華

「アルクス! これを使ってくれ!」


 舞台の手前から、イレーナが俺に剣を手渡す。

 手に触れた瞬間、その質感が伝わってきた。イレーナの覚悟が詰まった一本だ。


「ありがとう。絶対に勝つよ!」


 剣を受け取って、俺は再びバリーの方に向き直った。


「準備はできたかよ三下? だが無駄だ、お前は一度俺に負けている!」


「もう負けないよ。それに、追い詰められてるのはお前の方だろ?」


「……うるせえ。お望みどおりぶっ殺してやるよ!」


 バリーが肉薄してくる。さっきまでさんざん追い詰められていた戦法だ。

 でも、今は違う。俺にはこの剣がある!


「なッ!」


 抜刀したその瞬間。バリーが目を見開いて狼狽えた。俺も思わず驚いてしまう。

 刃から出てきたのは火の粉だった。勢いよく剣を引き抜いたため、火花が飛び散ったのだ。こんなことは今までになかった。


「おい三下……なんだその剣は!?」


 刃が光を浴びる。俺は――いや、きっと俺以外の人間も――その一点に目を奪われていた。

 刃がオーロラのような幻想的な光を放っている。それはどこか掴みようのない感じでありながら、力強さも印象付ける。

 まるで炎だ。ゆらゆらと揺れながら、それでいて不変。そんな矛盾した美しさを目の前にし、俺は息を呑んだ。


「その剣の名前は『緋華ヒバナ』だ! アルクス、やっちまえ!」


 イレーナの声でようやく我に返る。俺は剣を構えてバリーを睨み据えた。


「チッ……だから何だって言うんだよ! ちょっと見栄えがいいだけじゃ意味なんかねえ!」


 バリーが斬りかかってくる。上段から滝のような勢いで剣を振り下ろす。

 もう避ける必要はない。真っ向勝負だ。こっちは横一閃で剣を弾き返す。


「はっ!」


 剣を横なぎに振り払った瞬間、刃から炎が生じた。ゴオゴオという音を立てて、刃が空を切る。

 刃が交じり合った。刹那、小規模な爆発が起こった。バリーが衝撃に負けて押され、反動で着地して後ずさった。


「その剣……魔剣か!?」


 第一試合で見てはいたけど、これが魔剣を持った感覚か。剣が持つ力が手のひらを通じて伝わってくるようだ。

 実際にこの剣を振るって、わかったことがある。おそらく、この剣の力はこんなもんじゃない。


『おい、アレなんかすごくないか……?』


『いやいや。確かに魔剣は珍しいかもしれないけど、この大会でも2本くらい出てきてただろ? 騒ぐほどのことじゃないって』


『……待て! あれ見てみろ!』


 会場がざわつく。彼らの視線はおそらく、緋華の一点に注がれているだろう。

 俺が剣の柄を握りしめて力を込めていくと、刃から溢れる炎の量がどんどん増えていく。次第に炎は一本の茨のようになり、俺の体の周りを廻り始めた。

 刹那、炎が開花するように大きく燃え上がった。その熱量は、触れていなくても火傷しそうなほどだ。


『なんだあれ……!? 炎の魔剣ってあんなに高度な魔法を使えるのか!?』


『違う! あれが別格なんだよ! ただの剣じゃない!』


 炎の熱が空気を温める。この剣が普通でないことはバリーも気づいているようで、歯噛みしながらこっちを睨みつけている。


「くそったれがァ!」


 怒りに身を任せ、バリーが突っ込んでくる。やはり素早さはなかなかなものだ。

 刃と刃が交じり合う。しかし、両者の差は歴然。次の瞬間、刃から噴き出した炎がバリーを襲った。


「チッ!」


 あまりの熱気に耐えられず、バリーは舌打ちの後に後方へ下がった。

 今がチャンスだ。俺は一気に奴へと距離を詰めた。


「いい気になるなよ三下! 勝負はここからだ!」


 刹那、バリーの姿が消えた。瞬間移動――エルゲンのスキルだ。

 どこから来る!? 上か? それとも後ろ? 俺はきょろきょろと辺りを見回して奇襲に備える。


「こっちだ!」


 バリーが姿を現したのは、俺の背後だった。辺りを見回して背中の位置を変えていたのに、見極められていた!


「くっ!」


 バリーが振り下ろしてきた剣を、寸前で弾き返す。炎が噴き出した瞬間、バリーはすぐに後退した。

 剣の特性と俺の動きが読まれている。伊達にS級じゃないな。


「ちょっとビビったがお前はやっぱり三下だ!」


 再び舞台から消え、瞬間移動。死角から回り込んでの不意打ち。

 こいつ、俺が動きづらい場所を的確に読んできている!


「おらおらどうしたッ!」


 バリーが現れる瞬間を目で追い、不意打ちをギリギリのところで防ぐ。炎を散らしながら、戦闘は激しさを増していた。


 くそっ、炎の魔剣は確かに強力だが、これではバリーにダメージを与えることはできない。

 依然として状況はこっちが不利なままだ。何か打つ手は……。


「なんだ……? また剣が……!?」


 その時、バリーの言葉で俺は気づいた。緋華が再び虹色の光を宿し始めたのだ。

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