第83話 逆転の狼煙

「おらっ! さっさとくたばっちまえ!」


 豪快な薙ぎ払い。剣は俺の胴体をめがけて素早く振り回された。

 間一髪で避け、次の攻撃に備えて体勢を整える。これで何度目になるだろうか。


「チッ、しぶといな……三下のくせに粘ってんじゃねえぞ!」


 獣のように獰猛な肉薄。わずかな隙をも見逃さず、俺を確実に攻めてくるその戦い方は、まるで水面から顔を出した魚を捕まえる鳥だ。

 今度は袈裟斬り。斜めに振り下ろされた剣は、俺の肩をわずかにかすって空を切った。


「もう勝負はわかってんだろ! そこまでして何がしてえんだ!?」


「まだ終わってない! イレーナは絶対に来る! だから信じて戦ってるんだよ!」


「信じるとか信じないとか、くだらねえんだよ! お前が何をしようと結果は――」


「アルクスーーーーーーーーッ!」


 その時だった。彼女の声が耳朶を打ったのは。


「イレーナ!? やったのか!?」


「ああ! 待たせちまったな! 受け取れ!」


 彼女の手には、黒い鞘に収まった一本の剣があった。あれが彼女が作った剣なのだろう。


「……ありえねえ」


 イレーナのところに行こうとしたとき、バリーが静かにつぶやくのが聞こえた。


「いや、待て! 剣は事前に運営に見せる必要がある! その剣を使えば不正だぞ!?」


 呆然としているバリーに代わって、エルゲンが必死で抗議をする。

 彼の言う通り、このままでは剣を使うことはできない。しかし、俺の予想が正しければ……。


「本当にそうかしら!?」


 客席から上がる声。そこには三人の少女が立っていた。

 ライゼ、シエラさん、そしてシノの三人だった。


「なんだお前らは! 何が言いたい!?」


「その剣は一本目・・・だって言ってるのよ。不正をしているのはあなたたち!」


「何を証拠にそんなことを言ってるんだ!?」


「そこまで言うなら見せてあげるわ! 決定的な証拠を!!」


 ライゼはシノに対して『やっちゃって』と言い、肩を叩く。シノは丁寧な所作でおじぎをすると、足元にいたスライムを抱え上げた。

 頭にハンコを載せたスライム。コピースライムだ。


「それでは、再生させていただきます」


「おい! どうなってる!! なんであの三下が勝ち上がってるんだ! 剣はないはずだろ!?」


「そ、それは私が聞きたいことだ! 武器無しで大会を勝ち進むなんて話は前代未聞で……」


 会場がざわつく。コピースライムから発されているその声は、明らかにバリーのものだった。


『おい、あれってバリーの声だよな……? 三下とか言ってるし』


『話してる相手は誰だ……? まさか運営とかじゃないよな』


 観客たちは口々に憶測を述べる。そして、コピースライムから決定的な言葉が出る。


「確認するが、ちゃんと俺の命令通りに剣をへし折ったんだよな? もし手を抜いていたら……」


「ちゃ、ちゃんとやった! 真っ二つにしたのは見ただろう!?」


 会場のざわつきがピークに達した。


『い、今剣を折ったって言ってたぞ!』


『そういえばイレーナの剣は折れてたよな! ってことはまさか……』


 再生が終わると、会場が静まり返る。ライゼは咳ばらいをした。


「これは大会の運営委員とバリーの会話よ。決定的な証拠がある以上、そっちの不正は確定。そして折られた剣はノーカウントになるはず!」


 次にシエラさんが一歩前に出た。


「そしてついさっき、ダンツェル武具専門店に3人の冒険者が押し入りました! 私が確認したところ、B級冒険者3名がバリーの指示を受けて襲撃をしたことを自白したわ!」


 赤裸々になっていく悪行。司会の男が慌て始めた。


「えー、会場の皆様! ただいま確認を行いますので、少し休憩を……」


「いや、いらねえ」


 なんとか軌道を修正しようとした司会を遮り、バリーが言った。


「おいエルゲン。あれやるぞ」


「……わかった。いいんだな?」


「こうなっちまったからには仕方ねえ。全部ぶっ壊しちまおうぜ」


 二人は要領を得ないような会話をすると、再び俺のことを睨み据えた。


「気を付けてアルクス! この前の瞬間移動、おそらくはエルゲンのスキルよ! もうその二人組が不正をしない理由はない!」


 そういうことか。<疾風>の効果で高速で動いて瞬間移動をしていたわけではなく、裏でエルゲンが協力していたのか。


「もう大会の優勝はなくなった。だけどお前に負けてやるのは癪だ。ここで潰してやる」


 再び戦いが始まる。バリーが強化されたことで、前回の敗北がフラッシュバックした。

 でも、今回は違う。俺にはイレーナの剣がついている――!!

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