第76話 逆境を蹴り飛ばせ
『おい、なんだあの剣……?』
『どう見ても折れてるよな……?』
『戦う前から折れちゃったの……?』
次の瞬間、会場が嵐のようにどよめき始めた。
それもそのはず。俺が握っている剣はポッキリと折れて先がないのだから。
刃が半分ほどしかなく、これで戦うのは不可能だ。
『なんだよあの剣、準備が間に合わなかったのか?』
『試合の前に折れる剣なんかよっぽど駄作だろ』
『って、あいつダンツェルのところのイレーナじゃねえか。いつも騒ぎまわってるくせに、ロクな剣も作れないのかよ』
会場の人々は疑問や意見を口々に述べた。中にはイレーナに対する罵倒も混じっている。
イレーナは俺の横で歩きながら、ただそれをじっと黙って聞いている。いつもの騒がしい彼女とは対照的だ。
まだ剣が折れた原因はわからないけど……イレーナは自分に責任の一端があると思っているんだろう。
いつか俺が剣をへし折ってしまったときも、彼女はそれを自分の腕のせいにしていた。
「あの……アルクス・セイラントさん?」
舞台に立った時、司会が申し訳なさそうに俺に声をかけた。
「本当にこのまま進めていいですか? その……剣がそんな様子ですし」
彼がそう言うのも理解できる。俺も逆の立場だったら止めに入っただろう。
さっき見たように、ここは命がけの戦いの場だ。中途半端な覚悟で試合に臨めばその分危険も増す。ましてや、折れた剣で勝負しようと思えば。
しかし、俺の覚悟は本物だ。イレーナを優勝させる。だから、ここで退くわけにはいかない。
「やらせてください。どうなっても構わないので」
司会は俺の言葉を聞いて、『わかりました』と返した。進行を再開する。
「続きましてエントリーナンバー4! チーム・シンデン工房!」
ゲートから登場したのは、対戦相手の二人組の男。歓声を浴び、自信に満ちた表情で歩いている。
そのうちの一方――おそらく、冒険者の男は、俺でも知っている人物だった。
A級冒険者パーティ、『
「それでは選手の二名は舞台に上がってください!」
俺とイーロンの二人は舞台に上がり、相対した。イーロンは鋭い三白眼で俺のことをにらみつけ、得意げに笑っている。
「お前、『スライム野郎』のアルクスだろ?」
「そうだけど、俺のことを知ってるの?」
「有名だからな。ダンから聞いてたぜ、パーティにとんでもない無能がいるってな」
この手の煽りにはもう慣れた。ダンや他のパーティメンバーたちは俺のことを吹聴しまくっていたからな。
「あの日も見てたぜ! お前がパーティを追放されて、ダンに殴られてたところを! あの逃げ腰、見ててマジで笑えたぜ!」
イーロンは深く割れた腹を抑え、ゲラゲラと思い出し笑いし始めた。あの時、こいつも見ていたのか。
正直言って、笑われれば腹が立つ。本当なら一言でも言い返してやりたいところだ。
しかし――それは試合で示せばいい。
「そ、それでは第二試合を開始します!」
緊張が高まる。イーロンは手に持った黒い剣を握りしめ、笑みを深める。
「レディー、ゴー!」
試合開始の宣言がされた。最初に動いたのはイーロン。
余裕綽々な表情で剣を握り、走って距離を詰めてきた。
「一気に試合を終わらせてやるぜ! これで俺の知名度も急上昇!」
大きく振りかぶって、イーロンが剣を振るう。俺は目視で軌道を読み取ると、立ち位置を変えて回避した。
「運はいいようだな! だが、これならどうだ!」
イーロンはさらに剣を振り回し、まるで野菜でも斬るように様々な軌道で攻撃を仕掛けてくる。
しかし、俺には彼の動きが見えている。最低限の動きで体をよじり、避けきることに成功した。
「ちょこまかと逃げやがって! やっぱりお前は逃げ腰スライム野郎だな!」
イーロンは攻撃を当てることができずに悔しかったのか、地団太を踏んで吠えた。
「だったら……これでどうだ!」
イーロンは怒りの表情を浮かべながら、剣を両手で握って力を込めた。
次の瞬間。黒い剣がゆっくりと白く変化していくのが見えた。
いや、正確には剣の色が変化したのではない。剣に白いものがまとわりついているのだ。白く、さらさらとしていて、それでいて頑強。
剣が氷を纏っている。
「なんだそれ?」
「そんなことも知らないのか!? これは魔剣。魔法属性を持った剣だ!」
魔法属性を持った剣……? つまり、魔力を剣に帯びさせているのではなく、剣自体に魔法を使う効果があるってことか!?
「さっきまではまぐれで避けていたみたいだが、この剣は周囲の敵も凍らせる能力がある! もう逃げられねえぞ!」
イーロンは獲物を狩る肉食動物のような残酷な笑いを浮かべ、改めて俺に突進してきた。
周りのものを凍らせるということは、あの剣に近づくと熱を奪われるということだろう。仲間を凍らせてしまってはいけないので、おそらく効果の範囲は、イーロンが自在に操ることができる。
じゃあ、さっさと勝負をつけないといけないな。
「はははははは! くらえ!」
イーロンは俺の目の前までくると、思い切り飛び跳ねて剣を振り上げる。兜割りをしかけるつもりなんだろう。
ここで俺が反撃することは考えなかったのだろうか。隙が大きく、攻撃してくださいという状態。
「おらっ!」
ということで、俺はすかさずイーロンの腹部に蹴りを入れた。足の裏に腹筋のボコボコした感触と、確かな手ごたえがある。
「ぶはっっっっ!!」
次の瞬間、イーロンは嘔吐でもするような勢いで息を吐ききると、磁石に引き付けられる金属のように壁に吹っ飛ばされていった。
舞台の外に出ると、そのままでんぐり返しでもするようにゴロゴロと転がり、うつ伏せで倒れる。
「なんで……だよ……」
当たり前だ。こっちはレベル43だぞ。
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