第74話 事件発生

 そしてやってきた大会当日。俺は朝の準備を終えると、イレーナとの待ち合わせになっている会場へと走り出した。

 今日は街もなんだか浮ついている。同じ方向を歩いているスキンヘッドの男性はもちろん、杖を突いてゆっくりと歩くあの老婆も、おそらく皆大会を観に行くのだろう。


 英雄闘技会は街の一大イベントだ。舞台に上がる猛者たちを見るために、街中の人々が集まる。

 まさかそんな会場に俺みたいなひょろひょろが参加することになるとは思っていなかったな。


 さて、会場が見えてきた。レンガ造りの巨大なコロッセオが、今日は一段と存在感を放っている。

 確かイレーナと待ち合わせをしたのはこの辺りのはずなんだが――


「てやんでい! どうなってやがるっ!」


 聞こえてきたのは、特徴的な高い声と喋り方の怒鳴り声。

 すぐに嫌な予感がした。俺は声がした方に走る。


「おい、騒ぐな。これはそっちの問題だろう!」


「何言ってやがる! あたしがそんなふざけた物を出すわけないだろっ!」


 現場にたどり着くと……イレーナが係員の男と口論しているのが見えた。

 彼女の傍らにはライゼとシエラさんがいて、困った顔をしている。


「どうかしたのか?」


「アルクス! 聞いてくれよ! あたしの剣が!」


 イレーナは今にも殴りかかってきそうな勢いで俺に食って掛かると、ある方向を指さした。

 その先を見て、俺は目を疑った。シエラさんが抱えている一本の剣。……いや、正確には一本ではない。


 あの日イレーナが作った剣が、綺麗に真っ二つになっていたのだ。


「な、なんだこれ!?」


「こんなの絶対おかしい! 剣を管理してたのはお前おめぇじゃねえ!」


「知るかそんなもの! 運営委員はしっかりと剣を保管していた! すぐに折れるようなものを作ったお前の責任だ!」


 イレーナの抗議をものともせず、運営委員の腕章をつけた中年のおじさんは厳しい顔で言い放った。


 ライゼとシエラさんの二人は、この騒動を見て仲裁に入ろうとした口だろう。しかし、見ての通り二人はかなりヒートアップしているので、入り込む余地がない。


「ちょっと待った。いったん話を整理させてくれ。その剣は、どの段階でそんな風に折れたんだ?」


「剣は委員会が責任を持って箱の中に入れて管理していた。それはもう非の打ちどころがないくらいにな!」


「じゃあ、箱の中に入れるまでは壊れていなくて、出した時にはもう壊れていたってわけか」


「箱の中で剣が勝手に壊れるなんて、おかしな話ね」


 ライゼの指摘の通り、剣がひとりでに動いて勝手に壊れるなんてありえない。

 箱の中に入れて管理している間に、何かが起こったはずだ。


「……ってことは、誰かが箱から取り出して壊したんじゃ――」


「それはありえない!」


 シエラさんが言った瞬間、委員会のおじさんはピシャリと怒声を上げた。


「どうしてありえないんです?」


「委員会にそんなことをするような人間はいない! こっちの責任のはずがないんだ!」


「おかしいわね。外部の人間が入り込んで壊したかもしれないでしょ? なんでその可能性を真っ先に潰すの?」


「そ、それは……」


 ライゼが指摘をした瞬間、おじさんが狼狽えた。何か痛いところを突かれた様子だ。

 ……何かおかしくないだろうか。この人の様子を見ていると、そんな気持ちが湧き上がってくる。


 その時のことだ。何者かがおじさんの肩に手を回した。


「よっ、おっさん。今日も元気か?」


「バリー……!」


 委員会のおじさんに気さくに話しかけたのは、S級冒険者パーティ魔人の拳デーモンズ・フィストのバリーだった。

 薄ら笑いを浮かべて俺たちのことを見ている。なんだこの二人、仲いいのか?


「あああ……あああ……」


「元気そうならいいんだよ。で、なんの話をしてたんだ? 混ぜてくれよ」


 おじさんの額に脂汗が浮き出る。足もガクガクと震えているように見えた。

 さっきから何か様子がおかしいような気がする。


「って、おいおいなんだその剣は? 真っ二つじゃねえか」


 バリーはにやにやしながらイレーナの剣を指さした。シエラさんはとっさに後ろに隠す。


「試合の前からそんなザマとは、よっぽど計算違いな打ち方をしたみたいだな?」


「す、すっこんでろい! あたしがそんな適当な仕事をするわけ……」


「じゃあ、なんでそんなことになってるんだよ? っていうか、こんなところで時間を使ってていいのか? 試合はもう始まるぞ?」


 バリーが言うことは事実だった。俺が出るのは第二試合。開会式が終わったらすぐに準備をしなければいけないと聞かされている。


「イレーナ、仕方ない! とにかく今は作戦を考えよう!」


「でもこいつが……」


 俺たちは慌てていた。そんなとき、ライゼが俺の肩を掴んだ。


「落ち着きなさい。起っちゃったことは仕方ないんだから、どうするかを考えるべきよ」


 ライゼはそう言うと、俺たちをなだめる。


「アンタたちは試合に集中して。イレーナは特に、剣を打ち直すことに集中しなさい」


「でも、大会に出せる武器は事前に提出しないといけないんじゃないのか?」


「私に考えがあるわ」


 ライゼはそう言うと、俺に耳打ちをする。


「……わかった。それで行こう」


 彼女の説明は、これまでの俺の違和感の正体を的確についたものだった。今なら納得ができる。


「アル君、あとは私たちに任せて、大会に集中して。信じてるから」


 シエラさんが続ける。

 そうだ。ここで焦っても仕方ない。今はできることをやらなくちゃ。


「二人とも、あとは頼んだ! イレーナ、行こう!」


「わ、わかった!」


 俺たちは選手控え室へと足を早めた。

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