第72話 計算の仕方【SIDE:???】

 数字とはとてもいいものだ。見れば誰にでも優劣がわかる。すなわち、シンプルだ。

 簡単な計算さえできれば、誰でも結果は同じになる。よほどの馬鹿でもない限り、答えは明確にわかる。


 俺――バリー・セクレタンは計算を間違えない。完璧にそろばんを弾き、確実に結果を出す。


 俺は夜の闘技場に足を踏み入れていた。

 半径100メートルの巨大な施設の中には、英雄闘技会の委員会の部屋がある。


 大会に参加する選手はその部屋に行き、剣を提出する必要があるそうだ。

 だが、俺の目的はそれではない。


 長い廊下を歩いていると、ポツンと明かりがともった部屋が一つだけ見えた。俺はその部屋の扉の前に立ち、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。


「誰だ!? ノックくらいしなさい!」


 部屋の中で椅子に座っていたのは、一人のがたいのいい中年だった。

 やはり、俺の計算通り、この時間はこの男一人しかいないらしい。


「参加者か……? 剣の提出の時間はとっくに過ぎているが……まあいい。早く見せな――」


 男が言い終わる前に、俺は盃を持つようにして男の顎のあたりをわしづかみし、口を抑えた。


「な、なにを――」


「よく考えろ。頭を使え。今この状況でお前が騒いでどうなる? 力量差なんかわかんだろ」


 この中年と俺がぶつかった場合、俺が負ける確率は0。男が余計に騒いでも、命を無駄に散らすだけだ。

 男はそのことを理解して、はあはあと肩で息をしながら、涙を浮かべながら黙った。


「まあ、一応数字くらいはわかるか。話が早いな。俺が今から言うことに『はい』とだけ言え」


「は、はい」


「この大会の間、俺の言うことを全て聞け。いいな?」


「そ、それは……ウガッ!!」


 俺は男の顔面を蹴り上げた。男の首の骨が部屋の中に響き渡った。


「お前、話聞いてたのか? 俺は『はいとだけ言え』って言ったんだよ」


「わ、私に何をさせるつもりだ!?」


「単刀直入に言う。今回の大会で俺とエルゲンを優勝させろ。そしたら命は助けてやる」


「そんなことできるわけな……痛ッ!!」


 男の顔に再び蹴りが飛ぶ。俺は思わずため息をついた。


「お前……計算もできないのか? 俺とお前、どっちが強い?」


「あ、あんただ……」


「そうだ。そんな俺の要求を断ったらどうなる?」


「殴られる……?」


「違う。殺されるんだよ。お前はさっきの蹴りの何倍も、何十倍も苦しんで無残に死ぬんだよ」


「い、嫌だ! なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ……」


 男はボロボロと涙を流し、惨めったらしく地べたに這いつくばった。


「……一つだけ助かる方法がある。それは俺の言うことを聞くという選択肢だ」


「でも、そんなことは――」


「天秤にかけてみろ。自分が生き残る道と、一時のプライドを捨てる道。どっちの数字が大きい?」


 男は脂ぎった髪をかきむしり、必死に考えた。数秒して、俺の顔を見上げてくる。


「本当に……助けてくれるのか!?」


「ああ。約束するさ。ただ簡単な作業をするだけで、お前は恐怖から解放される」


 男は俺の言葉を聞いて、自分を納得させるように何度もうなずいた。


「……わかった! あんたの言うことを聞こう。何をすればいい!?」


「ああ、まずは……」


 数字とはとてもいいものだ。頭の中でそろばんを弾けば、必ず答えは一致する。

 俺は計算を間違えない。勝てる勝負には必ず勝つ。


「イレーナ・マクウィーンの剣を破壊しろ。均等に真っ二つだ」

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