第71話 森林デート
イルザの住む家から外に出ると、再び心地よい風が辺りに吹いてきた。
「うーん、空気が美味しい!」
シエラさんは大きく伸びをした後あくびをして、俺の視線に気づいて慌てて口を抑えた。
なんだか珍しい光景だ。普段はバリバリ仕事をこなしているシエラさんがこんなにリラックスしているなんて。
「なんていうか……シエラさんってあくびとかするんですね」
「そんなに意外? アル君の中の私の評価ってどうなってるの?」
シエラさんは不服そうに言うが、本当に意外だった。いつも完璧に仕事をこなす彼女は、俺にとってずっと憧れの存在だったからだ。
「私だってそんなに完璧じゃないよ。お仕事ばっかりだと疲れるから、たまにこうやって息抜きするの」
「なんかそれも意外です。読書とか運動とかしてるイメージがあったので」
「そんなに真面目じゃないよ。ダラダラもするし、カフェでお菓子も食べちゃう」
シエラさんが家でダラダラか……絵面が全く想像できないな。
彼女は街で走り回る子供の姿を見つめ、優しく微笑んでいる。俺はいつも彼女のそんな柔らかい笑顔を見つめているばかりだ。
……なんでこんなに優しい笑顔の人がイルザを目の敵にしてるんだろ。
「シエラさん、もうちょっとイルザになんとかなりませんか……?」
「アル君、絆されちゃダメだよ! アル君は女の子に甘すぎ!」
「そんなことないと思いますけど」
「そんなことあるって! 気づかないうちにいろんな女の子にホイホイついていくようになっちゃって、心配してるんだから!」
確かに最近は身の回りに女子が増えている。騙されてついていっているわけではないんだけど。
……とはいえ、心配させてしまっているなら悪いな。
「心配をかけちゃってごめんなさい。もっとシエラさんが安心できるような男になりたいです」
シエラさんが俺のことをじっと見つめた。そして、なぜか笑い始める。
「なんで笑うんですか!」
「ごめんごめん、アル君は悪くないよ。私が勝手に言ってるだけだから」
シエラさんは一通り笑うと、ふうと息をついて再び俺を見た。
「うん。期待してるよ、アル君。さっき私のことを守ってくれた時、すごくかっこよかった。私はアル君のこと、これからも応援するから」
森の中に風が吹いた。木々のざわめきはシエラさんの長い髪をふわりと持ち上げた。
木漏れ日はシエラさんのくしゃっとした笑顔を輝かせているようだ。
俺はそんな彼女のしぐさに、思わず目を奪われた。
「そろそろ帰ろっか。今日はありがとね」
「……そうですね。今日はありがとうございました」
俺はこともなげにワープスライムを出して帰りの準備をするが、俺の心臓はドキドキしたままだった。
今日は本当によかった。シエラさんと一緒に森に来ることができて。
*
「すごーい! 一瞬で街に戻れるなんて!」
ワープスライムを初めて体験したシエラさんは楽しそうだ。俺よりも少し先を歩いて、伸びをしている。
「いやー、ちょっと疲れたけど充実してたね!」
「そうですね、俺もワープスライムの移動先に村を登録できたし……」
あれ。そもそも俺たちって森の民の村に行くために森に行ったんだっけか。
「あ!」
違う! 俺たちが森に行った目的は、イレーナのために薬草を取りにいくことだったじゃないか!
「どうしよう、今からまたワープして薬草を探すか……?」
「行ってあげなよ。薬草はあった方がいいかもしれないけど、そんなことより一緒にいてあげる方が力になるから」
シエラさんはイレーナのところに行くように促した。俺はすぐにうなずく。
「すみませんシエラさん! 俺、行ってきます!」
「うん。じゃあまたギルドで!」
シエラさんは手を振って俺を送り出してくれた。
*
「……で、坊主はそのまま手ぶらで帰ってきたわけか」
「そういうことです、はい」
店にたどり着いて事情を説明すると、ダンツェルさんはガハハと豪快に笑った。
「心配すんな、イレーナなら何の問題もないさ。それに、そろそろ……」
ダンツェルさんが何か言いかけたとき、奥の扉が勢いよく開かれて、中からすごい勢いでイレーナが出てきた。
「イレーナ! 体は大丈夫なのか?」
「おう、アルクスじゃねえか、ちょうどいい! 完成したぜ、剣が!」
イレーナは勢いよく持っていた剣を持ち上げて、剣の存在感をアピールした。
彼女の両手に抱えられているひと振りの剣。原型はこの前と同じだが、前とは何か違う雰囲気を放っている。
イレーナはついにやったのだ!
「すごいぞイレーナ! これで大会も出られるな!」
「あたぼうよ! あたしは今から剣の提出にいくからよ! まってやがれよなああああああ!!」
イレーナはそのままイノシシのように走り、扉をぶち破る勢いで外へ出て行った。
俺とダンツェルさんは顔を見合わせ、目線でさっきの話の答え合わせをした。
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