第70話 イルザの部屋で

「…………」


「…………」


「…………」


 騒動から数分。まるで草原に火を放ったように綺麗になった部屋に座って、俺たちはひたすら沈黙していた。


「……お茶でもいれましょうか?」


「うん」


「おかしいなあ、私が客のはずなんだけどなあ……」


 シエラさんはしぶしぶ立ち上がると、台所の方へ歩き出した。

 最初はなんとか抵抗していたシエラさんだったが、今ではすっかりイルザの独特なペースに飲まれてしまっている。


「アルクスは、強い?」


 再びの沈黙の後、イルザが突然そんな言葉を漏らした。


「俺が強いかってこと?」


「うん」


「俺なんてまだまだだよ。外の世界には強い冒険者やモンスターがたくさんいるし」


「でも、アルクス強かった」


 イルザはやけに興味ありげな視線で俺を見つめてくる。無表情を貫いていた彼女らしからぬ態度だ。


「イルザは強くなりたいの?」


「うん」


 そういえば、セルサスが『イルザを倒した』という言葉に驚いていたな。


「ちなみにどれくらい強いんだ?」


「森の中では、ラウハイゼンの次に」


 ってことは実質ナンバー2じゃん。こんなに天然っぽい子が強いのはかなり意外だ。

 イルザはまっすぐに俺のことを見つめると、さらに顔を寄せてきた。


 イルザの綺麗な瞳に目が引き寄せられる。なんでこんなに近いんだ。

 彼女は本当に整った顔をしている。じろじろと見られているとなんだか緊張してしまう。


「私、強い人が好き」


 その一言で、俺の緊張感は頂点に達した。全身が発火したように熱い。首筋に汗が流れるのを感じる。


「はいそこまで!! お茶ができました!!」


 その時、シエラさんが間に入って俺たちの視界を遮った。

 次の瞬間、机にドン、という大きな音が鳴ってお茶が入ったカップが置かれた。


 シエラさんの方に目を向けると……うん、怒っている。眉が吊り上げて、俺のことを鬼のような形相で睨みつけている。


「アル君、すぐデレデレするのはダメだよ! アル君まで部屋が汚くなっちゃうよ!」


「デレデレしたら部屋が汚くなるの?」


「あなたは黙ってなさい! 誰にでもそういう節度のないことしてるんでしょ?」


「しない。アルクスは強いから」


 シエラさんは一方的にイルザを睨みつけている。当のイルザはボーっとした様子でシエラさんを見ている……というか、『眺めている』という表現が正しいような気がする。


「三人とも、村長への話が済ん……うわ空気重」


 苦笑いするしかない空気感を味わっていると、セルサスが部屋の扉を開けて入ってきた。

 神の登場だ。この空気をどうしようか頭を悩ませていたので、彼の存在は嬉しい。


「セルサス、どうだった?」


「事情を説明したらゆっくりしていけって。それに、ラウハイゼンの友達ならいつでも遊びに来てくれとおっしゃっていたぞ」


 よかった。村社会はよそ者を嫌うから心配だったんだ。俺も村出身なので気持ちはよくわかる。


「どうする? 村の中を散歩するか?」


「そうしようかな。せっかくだし、いろいろ見ていきたいし」


「だったら、ここは私とアル君の二人で自由行動ね!」


 シエラさんはビシッと俺のことを指さして宣言した。


「シエラさん?」


「だって、今日は私とアル君のデートの予定だったんだよ。ちょっとくらいいいじゃん」


 確かに筋は通っている。 それに、森の民の登場でシエラさんともなかなか話せていなかった。


「二人とも、そういうことでいいかな?」


「私はまた今度でいい。でも、アルクスのこともっと知りたい」


 イルザは興味ありげな視線で俺のことを見つめている。いつの間にこんなに信頼を勝ち取ったのか不思議だ。


「アルクス、お前もなかなか苦労するな」


 セルサスが俺に耳打ちをした。彼はなかなか俺のことを理解してくれている気がする。今度ぜひ一対一で話したいところだ。


「わかりました。シエラさん、行きましょう」


 シエラさんがうなずく。彼女とのデートが再開――というよりかは、ここからスタートだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る