第69話 森の民
ラウハが不在。森の守護者である彼が、守るべき場所から離れるなんてことあり得るのだろうか。
「二週間ほど前のことだろうか。夜中にラウハイゼンが声を上げたかと思い、俺たちはその方向へ走って行ったんだ。だが、駆けつけたときにはもう遅く、奴は消えてしまっていた」
「え、消えた!?」
それはつまり死んでしまったということじゃないか!
次会ったときはラウハと呼ぶという約束だったのに、結局それは叶わないまま終わってしまった。
「そんな……死ぬ前に一度会いたかったな」
「いや、ラウハイゼンは死んでいない」
「……え?」
ウィリアムの言葉に俺は耳を疑った。彼の発言は矛盾しているように思える。
「ラウハイゼンは生物ではなく、精霊なんだ。精霊は命を持たず、伝承や逸話、そして意志によって生まれる」
「精霊が消えるとどうなるんだ?」
「二週間ほどは姿を現さないが、復活する。もちろん記憶も能力も受け継いでな」
じゃあ、ラウハにはまだ会えるのか!
俺はホッと胸をなでおろした。
「ラウハイゼンは『森を守る者が必要だ』という森の意志によって生まれた精霊。だが、奴が不在となると代わりが必要でな……今はこうして俺たちが見周りに来てるってわけなんだ」
「それで俺たちを敵と勘違いしたってわけか」
「そういうことだ。で、お前たちは何者なんだ? ラウハイゼンのことも知っているみたいだが」
俺はウィリアムに一切の事情を話した。彼はイルザよりも会話が上手いらしく、ところどころ相槌も入れながら耳を傾けてくれた。
「なるほど、確かにラウハイゼンは人間の街に行くと言っていた。アルクスはその時に友人になったというわけか」
「そうだ。だから森を攻撃するつもりはない」
「いやあ、攻撃した上に疑ってしまって悪かった。何かお詫びがしたいな……」
ウィリアムは腕を組んでうーんと唸ると、何かをひらめいたように手を打った。
「そうだ、二人を村に招待しよう! もてなしができるかどうかはわからないが、ラウハイゼンの友達なら遊びに来れるといいだろう」
ウィリアムは、それがいい、と納得したように言った。
二人は自分たちのことを『森の民』と自称していた。でも、森林エリアに人が生活しているなんて話は聞いたことがない。
あるのか……? この森に、村が……?
「ついて来てくれ。村の場所は俺たちじゃないとわからないだろう」
ウィリアムはそう言うと、歩き出してしまった。イルザの視線に促され、俺とシエラさんは後についていく。
「……ここだ」
彼が足を止めたのは、5分ほど歩いたところだった。そこは他の場所と同じように木がところどこに生えていて、何もないように見えた。
その時、ウィリアムが人差し指と中指を立て、まるで扉を描くように線を描いた。
するとどうだろうか。彼の描いた長方形の先に、まったく別の空間が現れたではないか。
「結界だ。ついて来てくれ」
俺たちは恐る恐る、二人の後をついていく。穴を潜った先には全く別の光景が広がっていた。
「すごい……! これが!」
森の民の村。
木材を使った一軒家が並んでおり、道も整備されている。ちらほらと人の姿も見える。
いや、正確には人というよりはエルフだ。ここはエルフたちが暮らす村なのだ。
「こんな村があるなんて、私初耳だよ!」
「エルフは他の種族と比べて身体能力が高いわけではない。だからこそ外敵から身を守る手段として結界を使っているのさ」
シエラさんは驚いて辺りをキョロキョロと見回している。
なるほど、これでは村を見つけられないのも納得だ。結界の中は外からまるで見えなかった。
俺たちが歩いていると、小さなエルフ二人が走っているのが見えた。あれは子供だろうか。
「俺は村長に事情を説明してくる。イルザ、二人をどこかで休ませてやってくれないか?」
「わかった」
ウィリアムはそれだけ言うと、一人で歩いて行ってしまった。彼の進む先には大きな家がある。おそらく、あれが村長の家なのだろう。
三人になると、イルザは黙ってどこかへ歩き出した。どこに行くのかせめて教えて欲しいところだが、彼女のことだから聞いてもまともな返事は返ってこないだろう。
少し歩くと、イルザは一軒の家の前で立ち止まった。
「……ここ、私の家」
なるほど、どこかのお店とかではなく、家で休ませてくれるのか。
ちょっと意外な選択だが、彼女の性格から考えればむしろまともなアイデアだと言える。
イルザは扉を開けると、ズンズンと建物の中に進んでいく。俺とシエラさんも顔を見合わせて、中へ入る。
扉の先はすぐ部屋になっていて、俺が泊まっている宿屋と大きな変わりはない。
とりあえずはゆっくり休めると内心ホッとした瞬間、俺の目にはとんでもないものが映った。
部屋の床。何かが大量に散らばっている。最初はゴミかと思ったが、目を凝らすとそうではないことに気が付いた。
イルザが部屋に明かりを灯すと、その正体ははっきりと分かった。黒や白など、シンプルな色合いの布。
それは衣類だった。中には下着も混ざっている。
「アル君ごめん!」
グサッ!
刹那、とんでもない勢いでシエラさんが俺に目つぶしを食らわせてきた。俺の視界は喪失し、痛みが襲ってくる。
「ちょっとあなた! 何考えてるのこんなもの散らかして!」
「別にいい。私は困らない」
「私が困るんです! アル君の教育によくないでしょーが! ほらしまってしまって!」
ああ、シエラさんが衣類を急いで拾い上げているのが目に浮かぶ。そして無理やりイルザの背中を押しているのも。
本当に大丈夫か……? 俺の心はここで休まるんだろうか……?
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