第68話 ローブの人物

「行くぞ!」


 木の幹を蹴り、次の木の枝に飛び乗る。

 それを見極めて、ローブの人物が弓矢を放ってきた。俺は動じることなく真っすぐに木の枝を目指した。


 刹那、ローブの人物の矢とアーチャーが放った矢が正面からぶつかり合い、威力を相殺。地面に落下していった。

 さすが百発百中を自称していただけはある。寸分の狂いもない一撃だ。


「……」


 そしてさっきまでうるさかった彼の声は、今は驚くほどに聞こえてこない。集中すると黙るタイプなんだろうか。

 そうこうしているうちに、木の枝に着地。ローブの人物はすぐ目の前まで来ていた。


「……ッ!」


 ローブの人物は慌てて服の中から短剣を取り出した。しかし、時はすでに遅い。


 俺は枝を蹴ってローブの人物に肉薄した。空中で剣を引き抜き、素早く短剣を弾き飛ばす。

 キン、という音が鳴って短剣が宙を舞った。かなり焦っている様子から、奴が丸腰なことはわかる。


 ローブの人物が立っている枝に到達。俺は奴の体を突き飛ばし、一緒に落下する。

 地面にはスライムたちがいるので、落ちても怪我がないのは織り込み済み。得物がない相手になら、アドバンテージが取れるはずだ。


 俺とローブの人物の体が地面に自由落下していく。

 その時のことだった。奴のローブがバサッと風に吹かれ、素顔が露出された。


 エシエラルドのような緑色の瞳。新緑を連想させるような髪が光を受けて輝いた。

 一番に目に入ったのは、その人物の耳。それは人の物よりもとがっていて、長かった。


 ローブの人物の正体は、エルフの少女だったのだ。


 俺は思わず呆気にとられ、地面に落下しながらその少女のことを見ていた。


「キュ!」


 地面に到達すると、ポヨンという感覚が背中に走る。スライムたちがキャッチしてくれたのだ。


 俺は急いで立ち上がり、少女に剣を向けた。少女はゆっくりと立ち上がると、両手を上げた。


「ずいぶん潔いんだな。もう諦めるのか?」


「……負けたのは事実。弱者が強者に狩られるのは自然の摂理」


「いや狩らないから……なんかその考え、ラウハを思い出すなあ」


「……ラウハイゼンを知っているの?」


 まないたの鯉のようだった少女が、急に声を大きくした。

 そうだ、ラウハは森の守護者。ここはちょうど森林エリアだ。


「君はラウハのことを知ってるのか?」


「ええ。あなたはどうしてその名を知っている?」


「ラウハとは友達っていうか……説明が難しいな」


「アル君!」


 少女と話していると、シエラさんが走ってきた。

 さて、なんの話だったっけ? つい共通の話題で盛り上がってしまったぞ。


「そうだ、どうして君は俺たちを狙ったんだ?」


「森を守るため」


「は?」


 少女は眠そうな目でボソッとつぶやいた。

 ……この子、聞けば答えてくれるんだけど情報が断片的すぎてよくわからないんだよなあ。

 とはいえ、俺たちのことを攻撃してきたのは事実だし……どうしようか。


「おーいイルザー! そろそろ交代の時間だぞー?」


 その時、森の奥から男性の声が聞こえてくる。

 こちらへ歩いてきたのは、緑色の髪をした男性だった。背が高く、民族衣装のような服を着ている。年齢は20代くらいだろうか。

 その男は俺たちのことを見ると、沈黙して固まってしまった。


「え、誰その人」


「森への侵入者。木を伐採しに来たかもしれない」


「いやー、見た感じ普通の冒険者っぽいんだけど。それでイルザさん、まさか急に攻撃とか仕掛けてないですよね?」


「した。矢を放った」


「何やってんだこのおバカ!」


 緑髪の男性は少女の肩を掴んでグラグラと揺さぶる。

 なんだこの光景。俺たちは漫才を見せられているのか?


 男は少女の肩を揺らし終えると、俺たちの方を向いて頭を下げた。


「すまない! うちのイルザが早とちりしたみたいだ! 怪我はないか?」


「はい。むしろ俺の方が怪我させたかもしれないというか……」


「何!? イルザを怪我させた!?」


 男は目を丸くする。どうやらこの人の方が話が通じそうだ。


「いや、こちらの責任だ。俺の名前はウィリアム。こっちはイルザだ」


「よろしく」


「「よろしくお願いします……」」


 俺とシエラさんは、どう反応していいかわからず苦笑しながら答えた。


「まずはイルザが無礼を働いたことを詫びたい。俺たちはこの辺りで暮らす森の民だ」


 ウィリアムの耳に目をやると、やはり彼も同じように耳が大きくとがっている。彼もエルフなのだろう。


「教えて欲しいんだけど……どうしてイルザは俺を攻撃したんですか?」


「普通に喋ってもらっていいよ。実は……森の守護者が今不在なんだ」


「ラウハが不在……?」


 ウィリアムは『ラウハイゼンのことを知っているのか』と言った後、静かにうなずいた。

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