第67話 森林エリアの弓使い

 森林エリア。鬱蒼とした極相林が広がるそこには、動物はもちろん、魔物たちが生活を営んでいる。


「気を付けてくださいね。ここ虫が多いですから」


「うん。虫刺されは用意してあるから大丈夫だよ。アル君も使う?」


 シエラさんは肩には茶色のバッグを斜め掛けしている。あの中にアイテムを入れているのだろう。


 冒険者たちが踏みしめてできた道を進む。このエリアでは獣道を進むことも珍しくはない。


「それにしても……シエラさん、そういう服も持ってるんですね。意外でした」


 彼女は準備の時間で私服とは別に新しい服に着替えてきた。それは冒険者が着ているものと遜色がないような、動きやすい服装だ。


「うん、ちょっと昔にね。それより、森は空気が美味しいねー!」


 シエラさんは大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。森を体全体で味わっている様子だ。

 確かに、ダンと組んでいた時は気付かなかったが、森の自然はとても素晴らしい。木々の隙間から日光が差し込むのを見ると、心が落ち着くのを感じる。


「今日取りに来た薬草って、どの辺りで取れるんですか? 奥の方だったら、最悪俺が……」


「そんなに遠くはないから大丈夫だよ。群生してるのは冒険者で言ったらレベル10くらいあれば取りに行ける場所だから」


 冒険者一人でレベル10ということは、パーティで換算すればさらに難易度は低くなるだろう。一般的な冒険者パーティでも行けるくらいだ。

 よかった、であれば問題はない。

 万が一のためにスライムたちを辺りに放っているから、モンスターが出ても対処は可能。これはぬるいな。


 俺が心配しすぎただけかもしれない。今日はゆったり散歩気分で、薬草を取って帰ろうか……。


「ピギッ!!」


 その時だった。スライムが一匹、甲高い声で鳴いた。

 一気に警戒心を高めて辺りを見回すと、一匹のスライムが走ってくるのが見えた。鉄壁スライムだ。


「ピギーッ!」


 鉄壁スライムは助走をつけると、俺たちの手前に高く飛び跳ねた。

 その瞬間、鉄壁スライムの盾が何かを弾いたのが分かった。


 足元に落ちたのは、折れた一本の矢だった。


「矢……!? なんだこれ!?」


「アル君、あれ!」


 シエラさんがある方向を指さした。

 斜め上。50メートルほど離れた先に、一本の木がある。その枝の上に、誰かがいる。


 その人物は薄汚れた茶色のローブを全身に纏っているため、こちらから表情を確認することはできない。

 しかし、確実に言えることがある。あの人物の手には弓が握られており、腰には矢のストックがある。


 あいつが弓で放ったのだ。俺たちを狙って。


「シエラさん、下がっててください!」


 鉄壁スライムをシエラさんの護衛につけ、俺はローブの人物の元へ走り出す。


「スライム!」


「キュ!」


 スライムを2匹足元に出し、トランポリンのように踏み切った。体が宙に浮き、2メートルほど跳躍する。

 木の幹に足を突き、再び空中にスライムを出す。スライムたちは頑張って俺の体を持ち上げてくれるので、実質的に足場ができたのと同じだ。


 二度目のスライムを使ったジャンプにより、俺は木の枝に飛び乗ることに成功した。ローブの人物まではまだ距離がある。


「ッ!」


 次の瞬間、ローブの人物が俺に向かって矢を放ってきた。燕のようにまっすぐと、素早く飛んでくる一撃。

 俺は木の枝を鉄棒のように使い、ぐるっと回転して矢を避けた。


 自分が下にいて相手が木の枝の上にいた場合、相手は死角に隠れやすくこっちは攻撃されやすくなってしまう。だから同じ高所を取って初めて有利な打ち合いができる。

 問題は、相手が飛び道具を持っていることだ。空中にいるときに矢を連射でもされればたちまちハチの巣にされてしまう。

 おまけに、相手の実力はまだわかっていない。<鑑定>を使えば実力差はわかるだろうが、どんな奥の手を持っているかわからない以上、有効とは言えない。


 俺一人で解決するのは無謀。だったら、こっちも飛び道具を使おう。


「『スライムメーカー』でスライムをスライムアーチャーにクラスチェンジさせる!」


 一か八か、この前手に入れた能力を使ってみることにした。

 俺の横にいたスライムの体が白く光り、形状が変化していく。


 現れたのは、茶髪の好青年だった。

 灰色のベレー帽が印象的で、手には弓が握られている。どこからともなく爽やかな雰囲気が漂ってくる、そんな人物だ。


「スライムアーチャー。初めまして。よろしくな」


「初めましてっス! 自分、アーチャーって言うっス! あ、この口調気になるっスかね? これはアルクス様になるべく親しい感じで話しかけたいという思いと、リスペクトは忘れてないのをアピールしたいという思いが重なった結果、俺の中で見つかった一つの着地点というか……」


「呼び出していきなりだけどその話今じゃないと駄目か?」


 ……うん。そんな気はしてたけど、やっぱりちょっと変わったやつが来てしまった。

 登場して早々の饒舌。明るく話してくれるので悪い気はしないけど、放置しておくといつまでもしゃべっていそうだ。


「アーチャー、向こうに敵がいるんだ。あいつが撃ってくる矢を、俺が宙に浮いてる間だけでも撃ち落としてほしい」


「なるほど、向こうも弓矢を持ってるんスねー。ふむふむ、確かに自分を召喚するのにこの位置を選んだのは正解って感じがするっス。この角度からなら――」


「できそうか?」


 アーチャーは喋るのを止めて、ニヤッと笑う。


「……百発百中。自分、口も手も動かすタイプなんで」


 それは頼もしいな。チアもシノも、少しツッコミどころはあるが、腕は確かだ。

 あのローブの人物に突進を仕掛ける。弓が意味を成さないような近距離まで詰めて、なぜ俺たちを襲うのか問いただすのだ。

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