第66話 お疲れですねイレーナさん

 次の日。ダンジョン攻略の疲れを癒すため、俺は街を歩いていた。

 昨日はかなりの激戦だったから、少しくらい体を休めても誰も文句言わないだろ。魔法の修行は明日から……


 ってあれ? なんだか見覚えがある少女の姿が目に入ったぞ。見間違いかと思ったが、あのピンク髪はまさか――


「イレーナ?」


 俺の歩いている少し先に、猫背の少女がいるのが見えた。彼女は俺の言葉に反応してビクッと反応する。

 やはり、その正体はイレーナだった。しかし、なんだか様子がおかしい。


「おお、アルクスか……今日も元気そうだなあ」


 イレーナは笑っているが、彼女の声に覇気はない。背筋は老人のように曲がっており、目の下にはくっきりとクマができている。

 一言で表すなら、かなり疲れている。


「どうした? なんかおかしくないか?」


「てやんでい……あたしはバッチリいつも通りだぜ……」


 いつもの口癖にもまるで勢いがない。

 彼女に関することで、思い当たるのは一つ。


「もしかして……英雄闘技会のことか?」


「…………」


 イレーナが黙った。図星らしい。

 しかし、彼女はすでに剣を完成させて、あとは調整で終わりだったはず。何か悩む理由と言えば……。


「もしかして、バリーとエルゲンに言われたこと気にしてるのか?」


 ビクビクッとイレーナの肩が飛び跳ねる。これもまた図星のようだ。

 やはり、彼女はあの日様子がおかしかった。すぐに走り出して剣の調整なんて言い出して。


「何かあったなら話してくれ。パートナーだろ?」


「実は……あの日からほとんど寝てなくってな」


「あの日って……まさかダンジョンに潜ったあの日!?」


 イレーナは照れ隠しするように笑った。

 ダンジョンに潜ったのは昨日。イレーナと最後に別れたのは一昨日だ。つまり、彼女は丸二日寝ていない。


「何やってるんだ! ちゃんと寝ないと駄目だろ!」


「いいんだ。アルクスに恥かかせるわけにはいかねえからな。納得がいくまで剣を打つ。それが職人としてのプライドってやつだ!」


「それ、ダンツェルさんはなんて言ってるんだ?」


「覚悟があるなら何も言わないってさ。師匠も職人だからな!」


 一応ダンツェルの許可は取ってるのか。あの人は不器用だと言いながら、なかなか他人のことを見ている。

 ならば、イレーナのことは彼に任せよう。彼女に万が一のことがあったら、何とかしてくれるはずだ。


「わかった。でも、あんまり無理するんじゃないぞ?」


「おう! あたしは世界一の鍛冶職人になる女だ! 期待して待っとけよ!」


 イレーナはそう言うと、ニッと笑って走っていってしまった。


 うーん。ああは言ったけど、やっぱりイレーナのことは心配だ。

 ないとは思うけど、彼女が体調を崩してしまうのは嫌だ。


 俺にできることは何かないだろうか。何かイレーナの助けになるようなことが。


「アル君?」


 道の真ん中で頭を悩ませていると、聞きなれた声が聞こえてきた。


「シエラさん?」


「奇遇だね、こんなところで会うなんて。今日はお休み?」


 そこにいたのは、私服姿のシエラさんだった。ベージュのニットが大人っぽさを演出している。

 彼女の私服は初めて見た。今日はギルドの仕事は休みなのだろうか。


 そうだ。シエラさんなら何かいいアイデアを出してくれるかもしれない。


「シエラさん、いきなりで悪いんですけど……」


「本当にいきなりだね。どうかしたの?」


 俺はさっきのイレーナとのくだりを説明した。

 疲れている彼女に何かしてあげたい。俺にできることはないだろうか。


 話し終えると、シエラさんはフフンと唸って自信ありげな表情になった。


「アル君。よくぞ聞いてくれたね。私、一応ギルドの職員だからそういう話には詳しいのよ!」


「何か知ってるんですか!?」


「もちろん。じゃあアル君、今から私と森林エリアでデートしよっ!」


 しばしの沈黙。俺はシエラさんが言っている意味がわからずに固まってしまった。


「デート? え?」


「いい反応してくれるね。そう、今からデートだよ」


「ごめんなさい、説明してもらっていいですか?」


「森林エリアには薬草があるでしょ? 種類によっては、癒し効果のある匂いを放つ物もあるの」


 なるほど、話が見えてきたぞ。つまり、その薬草をイレーナにプレゼントしようというわけだ。


「私、こう見えて勉強はできるの。アル君と一緒に森に行けば、多分そんなに時間もかけずに集められると思う!」


「でも、森林エリアはモンスターが出ますよ?」


「大丈夫。こういう時のために防護用のアイテムの使い方は心得てるから。さ、行こ?」


 さすがシエラさん、そのあたりは抜かりがないらしい。

 俺に微笑みかけると、スタスタと先へ歩き出してしまった。


 正直、<鑑定>を使えば薬草の判別はできるんだけど……一つずつ見て回っていては日が暮れてしまいそうなのも事実だ。

 一抹の不安は残るが、仕方ない。シエラさんと森林エリアへ行こう。

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