第65話 おっさんの涙
――
レベルが41になりました。
レベルが42になりました。
レベルが43になりました。
<スライム>に能力が追加されました。
<スライム>の能力が強化されました。
――
さすがに強敵を倒した後はレベルアップも早いな。一気に3も上がった。
考えてみれば、俺はミノタウロスを49体倒したのと同じくらいの経験値を得たのだ。
――
アルクス・セイラント 17歳 男
レベル43
スキル
<スライム>
『スライムテイマー』……レベル7のスライムを発生させることができる。最大(48→52)匹。
『スライムメーカー』……スライムにクラスチェンジを施すことができる。
・鑑定スライム(1) ・収納スライム(1) ・ワープスライム(1) ・鉄壁スライム(4)
・治癒スライム(3) ・コピースライム(1)
・錬成スライム……スキル<錬成>を持ったスライム。同時に1体までクラスチェンジ可能。
・スライムジェネラル ・スライムアサシン
・スライムアーチャー……弓の扱いに長けたスライム。同時に1体までクラスチェンジ可能。
<人間>
――
なんか見たことないスライムが増えてる! どんな能力を持っているのか気になるところだ。
ただ……今はかなり疲れた。確認は後にしよう。
「アルクス様。ドロップアイテムの回収の進捗は60%ほどです。あと10分程度で完了する予定となっています」
「ありがとう。みんな疲れてるのに本当によく働いてくれるね」
「お気遣い痛み入ります。ですが、これが仕事ですので。では」
シノは簡単に報告を行うと、風のように素早く現場に戻っていった。ミノタウロスの死体の辺りでは、チアが声を上げてスライムたちを動かしている。
「お疲れ。やったわね」
隣にライゼがやってくる。彼女も激戦を乗り越えて少しお疲れのようだ。
「ああ、でももう一仕事あるぞ」
「もう一仕事? 何かあったかしら?」
ある。無事目標を達成したわけだし……あそこに行こう。
「お前か! 何しにきた!!」
やってきたのはライゼの家。玄関の扉をノックすると、中から目を血走らせた父親が飛び出してきた。
「どうせさっきの発言を取り消せとかそんなことだろう!! 残念だが貴様の言うことなんか聞くつもりはないぞ!! さっさと冒険者など……」
「いや、25層のフロアボス倒してきたけど」
「はっ……!?」
ライゼの父親の表情が硬くなる。目と口をこれでもかというほど大きく開いている。いい反応だ。
「う、嘘をつくな! だったら証拠を見せてみろ!!」
「はいこれ。ミノタウロスの毛皮とギルドの証明書だよ」
俺は手のひらサイズの真っ赤な毛皮と、一枚の紙を差し出した。
これはまぎれもなくミノタウロスからドロップしたアイテムだ。小さめに切り取ってもらった。
おまけに、これはギルドのお墨付き。証明書を偽造でもしないかぎり、この毛皮が本物だという事実は揺るがない。
「ま、まさか……本当に25層をクリアしたというのか!? たった貴様とライゼだけでか……!?」
「うん。じゃあそういうことだから。ライゼは冒険者を続けるってことで」
ライゼの父親は何度も証明書と毛皮を交互に見て慌てている。膝がガクガクと震えて、脂汗をかいている。
「残念だったわねパパ。もうこれでアンタの言うことを聞かなくて済むわ」
「そ、そんな! ライゼ! お前はまだ……」
「ん? 貴族っていうのは平民を盾にする上に約束も守らなくていいんだ? ずいぶんなご身分ね?」
「くっ……」
ライゼの父親は歯噛みして視線をそらした。
「私、冒険者って仕事に骨を埋めるつもりだから。パパの仕事なんか継がないし、勝手に没落すればいいと思ってるわ」
「跡も継がないつもりなのか!?」
「ええ。だってパパに指図されるの嫌だもの。あ、勝手にお嫁にも行っちゃおうかな。仕方ないわよね、私パパみたいな人間になりたくないし」
ライゼの父親が歯をガチガチと鳴らして震えている。一生分のストレスがかかったような様子のおっさんを見て、俺はなんだか哀れになった。
「……す」
「ん? よく聞こえないんだけど? もう一回言ってくれない?」
余裕綽綽なライゼの一言。刹那、ライゼの父親が俺たちの足元で丸まった。
「すまなかった! 私が間違っていた! だから出ていくのだけはやめてくれ!!」
綺麗な土下座だった。プライドも何もかも捨ててしまったようで、俺はこれまでにこんなに必死な謝罪を見たことがない。
「具体的に何が間違ってたのかしら~?」
こいつ本当にグイグイいくなオイ。
「私は平民を見下していた! 奴らは私たちのために働く駒だと思っていた! でも、それは完全に間違っていた! 力あるものが弱き者を守るべきだと思います!」
「それから?」
「ライゼ、お前への向き合い方も間違っていた! 私はお前を政略の道具にしようとしていた! 意見も全く聞こうとしなかった!」
「で、これからはどうするのかしら?」
「まずはこれまでの考え方を改める! お前のことも大事にする! だから戻ってきてほしいんだ! たった一人の娘なのに、私は間違っていた……」
父親が嗚咽する。おっさんがこんなに激しくなく姿を見て、俺はちょっと困惑してしまった。
仕方ないので、ライゼに耳打ちする。
「お前、実の父親を泣かせるなよ……可哀想だろ……」
「わかってるわよ。でも途中から楽しくなっちゃったの」
ライゼはため息をつくと、一歩前に出て父親の前に立った。
「あー、仕方ないわね。家を出て行くっていうのは取り消してあげる。その代わり、ちゃんと言ったことは守りなさいよ?」
「……いいのか!?」
「まあ、さっきのは半分冗談みたいなものだしね。私は貴族として人の上に立つために強くなるって決めたわけだし。パパの考え方は嫌いだけど、まあ反省しているみたいだし――」
ライゼがいつものように理由付けをしていると、彼女の体に父親が抱き着いた。
「ありがとう……本当にすまなかった、これからもずっと私の娘でいてくれ……!!」
「汚いからくっつかないで欲しいんだけど。……ま、今だけならいいわ」
ライゼは父親に抱き着かれながら、こっちを見てピースサインをしてきた。
汚いとか言ってやるなよ、とツッコミを入れようと思ったが、二人は納得しているようなので俺は黙っておく。
ライゼの家庭の問題は、ひとりの父親の泣き声とともに幕を閉じたのだった。
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